「あの世とこの世の境にて」岸辺の旅 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
あの世とこの世の境にて
ところで皆さん、お墓参りって最近行ってますか?
僕は今55歳なんだけど、ふと、思いついた時とか、ちょっと気分を落ち着かせたい時など、お墓参りをするようになりました。今までの人生をふりかえって、「あの時、よく、死ななかったな」と思うような瞬間がいくつもありました。50歳を超えた折に、三回、全身麻酔で手術を受けたことも影響していると思います。
全身麻酔を経験した方なら分かると思うけれど、あれ、麻酔液が注射針を通して(僕の場合はそういうタイプの麻酔でした)体に入ってくるのが分かるんですよね。麻酔液って、ジュワ~っとした感覚で「痛い」のですよ。
おいおい、これ麻酔なのになんで痛いんだよ!と、思った次の瞬間
ー暗転ー
全く意識を失います。
気がついた時はベッドの上。酸素吸入。左腕には点滴。指先には心拍数を測る器具。一番違和感を覚えるのは、尿道に細く滑らかなガラス管が差し込まれていること。その先を辿って行くと……、まあ、ヤボな話ですね。
そういう体験を僕は3回やってます。
三回目の手術が決まった時、「ああ、そろそろ、あっちへ行く準備しとくべきかな」などと思い、入院前に部屋の整理をやっておきました。
手術の当日、僕が一番嫌だったのは、尿道に管を差し込まれることではなく、あの麻酔液が体に入ってきて、ジュワ~、と痛くなり、その後「昇天」するような一連の工程、あの感覚を、体と意識が覚えていることでした。
つまりは、人工的に「臨死体験」を無理やりさせられるわけです。
もちろん、病院、医師、看護師など、「切る側」から言わせれば「全身麻酔」の危険性など屁でもない、のでしょう。でも”まな板の上の鯉”状態の「斬られる側」としては、かなり厳粛な気持ちになるのです。
人工的に意識を失う「その瞬間」
その後、万が一ということがあって、もう自分は「こっちの世界」には帰ってこれないかもしれない。そんな風に思ってしまうわけですね。
そんな訳で、自分と、あの世の世界が、随分と身近に感じられるのです。すぐ隣の席に「死」という相棒が佇んでいる。そんな雰囲気を感じることがあるのです。僕が時折墓参りをするようになったのは、そんな体験があってからのこと。墓石を水で清め、花を手向け、お線香を焚いて、「もしかしたら、そっちへいくかもしれませんので、その時はよろしく」と手を合わせます。
なんだか、ふうぅ~っと、心の波が穏やかになってゆくのを感じる、その瞬間が僕は好きです。
さて、映画の話でしたね。
本作は夫を亡くした奥さん、瑞稀(深津絵里)が、ひょっこり、あの世からトリップしてきた旦那さん、優介(浅野忠信)と、思い出の場所と人を訪ねて
旅する話。
こういう手のお話は、ミステリーにも描けるし、それこそ妖怪にも描ける。いろんな手法があります。
本作では、旦那さんを演じる浅野忠信さん。この人の役者としての「素材の良さ」を黒沢清監督がまるで三ツ星シェフのように、料理するんですね。
それは深津絵里さんという女優さんも、一緒。いい素材をいい腕の料理人が、適切なレシピにそって作れば、極上の料理が出来上がる。
当たり前のこと、下ごしらえをおろそかにしない。実はそれが一番難しいんだけれど、黒沢清監督はやっぱり、いい仕事してますねぇ~。
映画のタッチが初めから終わりまで、全く変わらない。このお話はファンタジーであるのだけれど、変な特殊効果に頼ろうとはしない。あくまで実写。そして実に巧みな編集で、亡くなった優介が、時には現れ、時にはフッと瑞稀の前から姿を消すのです。
この辺りうまいなぁ~。
ストーリーは大変穏やかで、観た後、幸福感や、ちょっとした切なさが残る作品です。ただ、観客の心を鷲掴みにするような、ウムを言わせぬような「迫力」に繋がっていないのが、やや残念。でも、浅野忠信さん、深津絵里さんのファンでしたら、もう、間違いなく本作は「三ツ星」ですよ!