「女優安藤サクラさんの燃える闘魂」百円の恋 R41さんの映画レビュー(感想・評価)
女優安藤サクラさんの燃える闘魂
やはり映画は事前情報なしで見るのが最高だ。
作品が伝えたいことが槍のように心に刺さってくるこの感覚は、余計な情報なしだからこそ味わえる。
「痛い」
これがこの作品のテーマだと思う。
何が痛いのか?
それは、自分自身の「痛い」ところに向き合わないことだ。
主人公の一子しかり、妹のフミコしかり、狩野も、その他の登場人物たちも自分の「痛い」ところを隠し続けて生きている。
それが特にコンビニ「百円生活」でバイトする特徴ありすぎる人々によって群像化されている。
中でも特質して自分自身の何にも向き合ってこなかった一子だったが、その「痛い」ところをフミコが痛烈に指摘したことで家を出る。
この「痛さ」の裏返しが「怒り」になるのだろう。
しかしこの痛みは衝動的なもので長続きはしない。やる気のなさは変わらないものの、仕方がないのでコンビニのバイトを始める。
しかし
このタイトルは少し変わっている。
この百円が、一子の恋物語の道しるべのように設定されている。
コンビニ「百円生活」 お釣りの百円が足らないこと 狩野が買うバナナは一房百円 なぜか買ったバナナを忘れる狩野にそれを届けに行ったとき狩野が落とした百円 そして募金箱に入れる百円
募金には、たった一つできる社会貢献というニュアンスが、この二人にあったのだろう。
そうして、次第に狩野と百円と恋が一子の中で溶け合う。
「百円」に感じる安さ そもそもぶっきらぼうで昭和一桁の九州男児のような口調の狩野は、一子をデートに誘った理由は「断らないだろうと思った」からだそうだ。
狩野は自分の出る試合のチケットを一子に渡す。
このシーンも特徴的で、バナナを10房買うためレジまで持ってくるが、お金を忘れたと言ってチケットを渡し、バナナは持って帰らない。非常識なのか常識があるのかわからない。
このようなギャグを所どころに入れているのでシリアスになりすぎない。
一子は初めて見るボクシングの試合にくぎ付けになる。
「もう今日で終わった」試合に出られる年齢のリミット。虚脱感漂う狩野に見られるのは人生の敗北だろうか?
一緒にいたバイト仲間の野間に暴力を振るったのは、一子の彼氏だと思ったからだろうが、そもそもチケットを2枚用意している理由がわからないが、結果的にその晩一子はレイプされてしまう。
面白いのは、この出来事が彼女に与える影響はほとんどないところだ。そんなものは些細なことなのだろうか? それとも、一子はそこまで底辺にいたのだろうか?
馬鹿なのかギャグなのかシリアスなのかわからない。しかし、それがいい。
一子のトイレのシーンも不思議だ。
この2つのシーンが描いていたのは、一子が「女を捨てた」という言葉に掛かっているのだろうか?
また、その後狩野がレジに嘔吐するシーンがあるが、この突拍子もない行為は、狩野の一子に対する思いの裏返しだと思われるが、あまりにも突拍子もない設定に驚くしかない。これもギャグに近い。
すべては狩野の計画だったのは間違いないが、昭和一桁にも勝る恐ろしい男だ。
それなのに、
豆腐屋の女性に簡単に鞍替えする狩野。
安さと儚さ 百円の恋
「どうして帰ってこないの?」
「だれ?」
「妹」
たったこれだけの会話で「百円」の価値が清算された。
そして一子はボクシングにのめりこむ。
「怒り」が彼女を変えてゆく。
この怒りは一子の心を初めて煮えたぎらせた「何か」だった。
狩野と一緒に暮らしているときはぼんやりとしたボクシングも、次第にキレが増し、プロテストに合格し、ついには試合までが組まれるのだ。
後半はまるでスポ根もの。ロッキーの女子バージョン
ジムにも「ハングリー/アングリー」と書かれている。
さて、
一子は結果的にはダメだったが、彼女は、試合を見に来たフミコや狩野やその他の人々が自分自身の「痛い」ところと向き合わないことにメスを入れたのではないだろうか。
これこそがこの作品が最も伝えたいことなのだと思った。
担がれるようにリングを後にする一子を観客たちは拍手で送るが、フミコは顔を背けている。それは、一子が自分のすべてを出し切って戦っている姿に、フミコがこれまで思っていたことすべてがひっくり返されたからだろう。姉一子の雄姿を直視できないのだ。
ダウンして立てなかった狩野も、最後まで立った一子のプロ根性に、自分自身のふがいなさを感じ取ったのだろう。
そもそも練習の合間にタバコを吸っている選手などいない。彼自身の向き合い方が中途半端で甘いのだ。
「勝ちたかった。 一度でいいから勝ってみたかった」
嗚咽する一子
本気だから、本気で泣くのだ。本気じゃないから、中途半端に落ち込んでぐずぐずになる。
自分自身に本気で向き合うこと。それが一子の場合ボクシングだった。
一子の心を怒りに変えた「何か」は、一子の恋の本気度だったのだろう。
百円の恋が一度清算され、その価値に対する本気度がボクシングに火をつけた。
「勝ちたかった。 一度でいいから勝ってみたかった」
恋を掴んでみたかった。
一子の闘士と、自分に何が足らなかったのかを理解した狩野。
以前は蔑むように一子を見ていたフミコもまた、自分自身の「痛い」部分に向き合わなければならないと思っただろう。
しかし、さすが大女優の安藤サクラさん。
ボクシング技術も、ダイエットも凄すぎます。
アイドル的女優を捨て本気度マックス女優を採用し始めている邦画がなぜ面白いのか?
そんな理由まで見せてくれたような気がした。
最高に面白かった。
素敵なコメントをありがとうございました。
一子もはっきりと報われる事ではないのですが、無意に生きる人々が多い中、何かに打ち込みそれに激しく号泣できる事は同じ同性としてとても羨ましいと思いました。これからも自分の人生に一子の様に深く傷跡をたくさん残して糧にしていきたいです。
その様にふと、映画に強烈に教えられる作品に出会えるのは本当に嬉しいですね。
この作品は何度も劇場に足を運び視聴しました。大好きです。登場人物みんなクズ。ボクシングでも努力しても勝てないし、彼氏ともこの先また寄りを戻してグズグスになるのかもしれない。でも、人生一度は勝ちたかったとの言葉を言えただけで、それは1つの勝ちなのでは?と余韻の残るラスト、クリープライブのEDの入りも最高でした。