メニルモンタン 2つの秋と3つの冬 : 映画評論・批評
2015年11月24日更新
2015年12月5日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー
生きること、恋することの苦楽を優しく謳ってみせる メランコリックな恋物語
先日起きたテロ(編注:2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ)以来、いま世界中の視線がパリに向けられているなかで、パリの下町(シャルル・トレネの歌にも出てくるメニルモンタン)を舞台にした本作を観ると、この街とそこに住む人々がなんだかとても愛おしく感じられるのではないだろうか。秋の気配に満ちた、どこか寒々しい街角、バーで夜更けまで語り合う人々、オレンジ色の街灯に照らし出される狭い路地、こうした何気ない、けれどとてもパリらしい風景のなかで繰り広げられるメランコリックな恋物語は、普段着の魅力に溢れているだけに、琴線に触れる。
主人公のアルマンのキャラクターがまず、とてもリアルだ。33歳になるというのに、定職もなく、彼女もいない。“クールで粋なパリジャン”といったイメージとはかけ離れた、冴えない風貌。けれどユーモアのセンスは抜群で、大の映画オタクであり、男友だちと映画を観に行ってはカフェで議論を交わす。一見頼りないけれど中身は誠実。いざというときには、(たとえやられるのがわかっていても)身体を張って守ってくれる。こんな人間味あるキャラを絶妙に演じるのが、フランスではすでにカルト的な人気を誇る俳優、ヴァンサン・マケーニュ(『女っ気なし』『やさしい人』)である。この人のうろたえた表情や、ときたま見せる子供のような笑顔はどこか、こちらの防衛本能を簡単に崩してしまう愛らしさに満ちている。いきなりカメラ目線で話しかけたりするのも、心憎い仕掛けだ。
そんな彼が、「まだ27歳半だけど、すでに老いることを心配している」これまた身近なヒロイン、アメリに出会い、がぜんモチベーションを掻き立てられる。けれどこの恋も綺麗ごとではない、一歩進んでは二歩下がる現実の人間関係の難しさを表す。
本作の魅力を語るキーワードは尽きないだろう。ヌーヴェル・ヴァーグを継承する自由なスタイル、リアルなパリジャンたちの姿、フランス的なエスプリに満ちたユーモア、ハリウッド映画もネタにする現代的な感性等々。だが本当の魅力は、それらすべてを融合しながら誰もが共感できるような、生きること、恋することの苦楽を優しく謳ってみせたところにある。観たあとに、誰かとあたたかなチーズ・フォンデュを食べたくなるような作品だ。
(佐藤久理子)