「紙に、インクに、人生を。」バクマン。 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
紙に、インクに、人生を。
大人気コミックの映画化とのことだが、原作未読。
作画とシナリオに天才的な才能を持つ2人の高校生がタッグを組み、
漫画発行部数No.1の雑誌『週間少年ジャンプ』の人気連載作家を目指す、というあらすじ。
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映画の後半あたりから僕はずっと涙ぐんで観ていた気がする。
色々と褒めたいのだけど、まずは若手実力派キャストが演じるキャラについて。
まずは主人公たちのライバル・新妻。猫背でとことんマイペースな彼だが、最後に憎まれ役を買って出るあたり、
飄々としてるが実は根は熱いヤツ。演じる染谷将太は、ホントいつも良い意味で肩の力が抜けてる。
編集・服部さんも、物語が進むにつれて徐々に熱を帯びていく感じが好き。その“微熱”を演じられる山田孝之も流石だ。
絵に描いたようなヒロイン設定の小松菜奈は、トントン拍子で夢の階段を
駆け上がり過ぎててリアリティには欠けるのだが、魅力的に撮られている。
暑苦しいが情に厚い桐谷健太、アシ歴15年の苦労人・皆川猿時、金の亡者な新井浩文など、脇を固めるキャラも楽しい。
あと若手じゃないがリリー・フランキー、渋いわあ。
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そして主人公、サイコーとシュージンの名コンビ。
シュージンが“自分達らしい漫画”を見出だした瞬間の、脳ミソが唸りを上げてフル回転する感じとその高揚感。
サイコーが、心血を注いで描いてきた漫画そしてキャラクターに筆を入れられ、涙を流すあのシーンのあの表情。
どちらも見事だった。ムチャクチャ格好良かった。
熱くなれるものを見つけた人間というのは、どうしてこんなにも格好良く見えるのだろう?
大好きな作家スティーヴン・キングは自伝的作品『小説作法』でこう書いている。
「文章は飽くまでも血の滲むような一語一語の積み重ねである。
書き手が自分の知っていることを粗末に扱い、心を偽れば、世界は描くそばから崩壊する。」
高校生活で特に目立つことも打ち込むことも無かった2人は、
ヒーローの陰日向でひっそりと過ごしてきた人間を漫画の主人公とした。
彼らが描く漫画は、彼らにしか描けないものだった。
キャラクターの気持ちが理解でき、愛着を持てたからこそ、
漫画の1コマ1コマ、1筆1筆に魂を込めるような仕事ができたのだろう。
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惜しむらくは、物語が漫画家同士のランク争いに重点を置き過ぎている点。
「ランクが上がった理由は何か?」≒「より多くの読者の心を掴んだ理由は何か?」
という部分について殆ど触れられていない点だ。
漫画を小脇に抱えて走る子ども達、仕事の合間に漫画を読む人々……
漫画というものがどれだけ愛され、僕らの生活に根付いているかを示すあの一連のシーン。
あの光景を作り出すほどに彼らの漫画が魅力的だったという説得力が、あと一歩足りない。
主人公たち自身を反映した漫画はきっと、ヒーローになり損ねて生きてきた数多くの人々の心を掴んだのだろう。
だからこそ“邪道”な漫画は、“王道”な漫画に一矢報いることが出来たのだのだろう。
その部分をもっと濃く描いていれば、主人公たちとライバルたちの対決も
単なるランク争い以上のものであるという印象を与えた筈だ。
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だがそれでも、僕が今年観た映画の中で本作がトップクラスであるという気持ちは揺らがない。
知られざる漫画制作の裏側が見られるという点だけ取っても面白い上、
魅力的な役者陣とそのキャラクター達、(長くなるので省いたが)
スピーディかつ漫画愛に溢れた映像演出の数々、小気味良い音楽・効果音が生み出す躍動感、
そして漫画に人生を掛ける者・初めて情熱を燃やすものを見つけた者のドラマが強く心を掴む。
観ているこっちまで点火させられるような、熱い熱い映画でした。
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最後にもう少しだけ。
投稿1発目で手塚賞に入選し、人気投票のトップ争いを繰り広げた主人公たち。
短期連載で終わったとはいえ、あの2人は希有な成功例だし、実力も未来もある。
残念ながらあくまでもこれは物語なので、当然こんなにドラマチックな展開は、実際には無いだろう。
実際は、せっかく連載されてもあっという間に消えてしまった漫画がそれこそ砂粒の数ほども存在するのだろう。
好きだったけど打ち切られた漫画、大して面白いと思えなかった漫画、いっそキライだった漫画……
だがこの映画を観ていると……
そんな漫画たちですら、誰かが自分の血を、人生をインクに換え、
拳で石を砕くような気持ちでペン先を紙に叩き付けた結果だったのかも、という思いに至る。
そうして、過去に埋もれてしまった無数の砂粒に愛着を抱かずにはいられなくなる。
彼らの努力に対して惜しみ無い拍手を送らずにはいられなくなる。
そういう所からも、“見てくれ”だけに収まらないこの物語の漫画愛を感じ、目頭が熱くなった。
愛のある映画って本当、良い。
<2015.10.04鑑賞>