新宿スワン : インタビュー
綾野剛×伊勢谷友介「新宿スワン」に注いだ熱情
正解か不正解かではなく、あるのは己のスタイル、そして、結果に対する覚悟。同じ質問に対し、全く正反対の答えを返しながらも、妙にウマが合った様子の綾野剛と伊勢谷友介から、改めてそう思わされる。(取材・文・写真/黒豆直樹)
2人が初共演を果たしたのは、和久井健氏の人気漫画を園子温監督のメガホンで実写化した「新宿スワン」。金髪、天パーで情にもろい純真男・白鳥龍彦(綾野)が真虎(伊勢谷)との出会いをきっかけに、世界一の繁華街・新宿歌舞伎町で、女性に水商売の働き口を紹介するスカウトマンとしてのし上がっていく姿を描く。
龍彦に対し「いとおしさ」を感じた語る綾野。撮影は実際に歌舞伎町でも行われており、特に半世紀以上にわたって愛され、昨年末をもって営業を終了した映画館「新宿ミラノ座」を含む新宿TOKYU MILANOビルでのシーンなどは、時代を切り取った記録とも言える。原作漫画はいわゆる“歌舞伎町浄化作戦”が施行される以前の話であり、原作連載時、そして本作の撮影時、そして現在と歌舞伎町は変化を続けている。龍彦と自らを重ねるように、綾野は移り変わっていく街への思いを口にする。
「これまで新宿の街が、ある種の毒がそこに溜まるようにという防波堤の役割を担っていた部分があったわけで、それを簡単に壊していいのか? という思いはあります。僕がそれこそ10代で新宿に通っていた頃のLIQUIDROOM(後に渋谷区へ移転するライブハウス)ももうないし、思い入れがあったところがどんどんなくなっているなというのは感じています。コマ劇場がTOHOシネマズになっているくらいですから。映像に映っているもの、映っていないものを含めて、この映画がある種の記録として歌舞伎町を残しているというのはいいことだと思います」。
一方、伊勢谷は「僕は、あまり昔のことに思い入れを抱かないので…」とそっけない。「僕自身が小さい頃から東京の世田谷で育ったので、わざわざ歌舞伎町に行かなかったというのもあると思います。ただ、確かに世の中を見渡した時に新宿に限らず、以前は悪そうな場所っていくつもありましたけど、いまはそういうのが見えなくなって、日本がクリーンになっているというのは感じます。それで快適になっているのは事実なんですけど。ただ、それこそ映画の“画”になるような面白いところも減ったという悲しさはありますね。またひとつ、そういう場所が消えていったのかな。それを記録として残すというのは、映画が担う役割でもあると思います」。
2人を結びつけた“鬼才”園監督は、美しさだけでなく、街が内包する猥雑さや毒をもカメラに焼き付けていくのにうってつけの存在と言える。美大出身であり自身もパフォーマンスアートをやっていた経験がある伊勢谷は「あの『東京ガガガ』(園監督が主宰していた路上パフォーマンス集団)をやっていた監督ですからね。あの当時は『やられた!』という思いがありました」と語り、歌舞伎町を舞台にした本作で園監督と仕事ができる喜び、そして現場で感じた驚きをこう明かす。
「今回の作品で言うと“園子温節”というのを思い切り出すのではなく、いままでの作品と比べると、より公に向けた作品になっていると思うんです。それでも濃い人なので、にじみ出てくるものがあります(笑)。例えばなんですが、その辺にいた普通の女の子が(園監督がその場でスカウトして)急に共演していたりするんですよ(笑)。そういう意表をついた自由さがあるんですよね」。
伊勢谷の言う「公に向けた作品」というのは、メジャー配給のエンタテイメント作品として多くの人が見ることができる作品という意味でもある。綾野が、伊勢谷の言葉をさらに付け加える。
「園さん自身、この『新宿スワン』で新たなステージに行こうとしているんだという姿勢を感じました。一方でこの作品の規模だからこそできる表現というのをあきらめてもいない。それは素晴らしいことだと思います。血を見せてしまった方が簡単だし、実際にセックスシーンを見せてしまった方が簡単。でもそうせずに、そうした部分を見せることなく、それでも見ている人にそれを想像させる。やはり、思考が深いなと思います」。
2人はこれが初共演。初めて顔を合わせて、俳優としてのタイプも歩んできた道も違うのに、互いの存在をどこか面白がり、ひかれ合い…というのは、まさしく龍彦と真虎の関係を思わせる。綾野は、自分自身の“面倒くさい”性格を自覚している。その上で、そこを含めて受け止めてくれる伊勢谷に安心して甘えている。
「許してくれるんです、伊勢谷さんは。『わかったよ、はいはい』と。一緒に飲んでいて、『そろそろ帰るぞ』と言われて『まだイヤだ!』と言っても、『わかったよ』と言ってくれる。きちんと、おれを面倒くさがってくれるところも嬉しいです。『おい今日も長いのかよ。明日もあるよ』と面倒くさそうに言いつつも、一緒にいてくれるところが優しい。あれは、決して男気ではないですよね?」
伊勢谷は「男気ではないね(笑)」と同調する。伊勢谷いわく、綾野が持っているのは「小動物のようなかわいげ」らしい。世代の違いを踏まえつつ、伊勢谷は綾野の魅力をこう語る。
「現場でもいろんな人に愛情をもって関わっていく。でも決して、いつも理路整然としてピシッとしているタイプでもないんです。だからこそ、みんなが寄ってくる。うらやましくもありますね。いまってすごく“いい子ちゃん”が多いじゃないですか。僕らの先輩は結構、無茶苦茶な人が多かったんですよね。さらにもっと上の世代に行くと、勝新太郎さんとかがいて破天荒なことをやっていました。でも時代が変わって、僕らの世代はその中で、わりと“いい子ちゃん”でいようと頑張っていたんですよね。そうやってだんだん、みんなおとなしくなってきた中で、綾野くんたちの世代は意外とそうでもなくて、元気ですよね。年上も年下も関係なく、巻き込もうとしてくるし、それは破天荒というのとはまた違って――やはり、かわいげなんですかね。“人たらし”の部分があって、それはすごくいいことだなと思います」。
もちろん、綾野が周囲をひきつけるのは単なるかわいげのみではない。結果に対する強烈なまでの責任感――それは美学という言葉と置き換えられるかもしれない。“新宿スワン”というタイトルは、白鳥龍彦という主人公名前にちなんでいるだけでなく、水面下で足がき続ける白鳥のように、一見、華やかに見える新宿という街で強く生きる人々を指してもいるが、それは俳優・綾野剛の生き方でもある。
「僕もスワンの美しい部分だけ見てもらえればいいという思いはあります。僕らは結果しか評価されないわけで、『こんなに頑張りました』『あんなに努力しました』なんて話は誰も聞いてくれない。もちろん、映像はそれをきちんと切り取ってはくれますが、僕らができるのは出来上がったものを提示することしかできない。美しいかどうかはともかく、“白鳥”でいることが結果という形であるなら、その部分だけ見てもらえたらいいのかなと思っています」。
歌舞伎町という湖、いや荒海に舞うスワンたちの美しさを感じてほしい。