百日紅 Miss HOKUSAI : 映画評論・批評
2015年4月28日更新
2015年5月9日よりテアトル新宿、TOHOシネマズ日本橋ほかにてロードショー
北斎と娘の破天荒な創作と喜怒哀楽の日々が、現代に息づく傑作アニメに
欄干の前に毅然と立つ女、200メートルにも及ぶ木造の両国橋を行き交う町人たち、ストーンズ風ロックのBGM、そこから視点が浮上し江戸の全景を俯瞰するショットへ。印象的な冒頭のシークエンスから、「浮世絵」「江戸の風俗」「親子と男女」といった古い題材に現代の感性と技術を注ぎ込み、平成の世に息づくアニメを創造しようという原恵一監督の気概が伝わってくる。
原作は、漫画家で江戸風俗研究家でもあった杉浦日向子が昭和後期に発表した代表作「百日紅」。主人公のお栄(葛飾応為)は葛飾北斎の三女で、父親と同じ浮世絵師の道を選び、美人画などで高く評価されたという。そんな彼女の視点から、奇行で知られた北斎の創作をめぐる逸話や、居候の絵師も交えたオンボロ長屋での風変わりな共同生活、お栄自身の絵師としての試練と不器用な恋が語られる。
アニメーション制作のProduction I.Gと原監督は初のタッグ。原作漫画と浮世絵の豊穣な世界を2Dアニメで再現しつつ、街並みや建物、橋などにはパースペクティブを強調した3D描画を織り込むことで、カリカチュアライズされた妙味と引き込まれるような質感、奥行き感を両立させた。船遊びに出た穏やかな川面がにわかに荒れて、有名な北斎画「神奈川沖浪裏」の逆巻く波になるダイナミズムは、アニメならではの楽しさだ。
評価が分かれそうなのは、主な登場人物のボイスキャストを著名俳優で固めた点。個人的には各キャラの登場からしばらくは発話のたびに俳優の顔が浮かんでしまい、没入の妨げになった。もちろん、ひいきの俳優を目当てに観るファンも多いだろうし、難しいところだ。
北斎の盲目の末娘・お猶は、原作では1つのエピソードにのみ現れ、ほぼ病床に伏したまま幼い命を散らすが、アニメではお栄に連れられ両国橋で活気ある往来を聞き、茶屋の男の子と雪遊びを楽しむ。原監督が不憫に思い、アニメの中の「浮き世」でお猶に生の喜びをプレゼントしたかのようで、胸が熱くなった。
(高森郁哉)