「伊藤計劃の遺作ということで期待しすぎたかな」ハーモニー Ruyanpeさんの映画レビュー(感想・評価)
伊藤計劃の遺作ということで期待しすぎたかな
私は伊藤計劃という人物をこのproject-itohで初めて知ったほどSF作家には疎いほうです。日本のSF文学に多大な影響を残した夭折の作家が病床で描き上げた作品が今作<harmony/>だと調べてわかりました。
伊藤計劃をまったく知らない私がなんで今作を北海道からわざわざ東京まで行って(もちろん別の用事がメインではあるのですが)視聴したかというと監督のなかむらたかしさんの大ファンだからです。日本のアニメーター界の至宝がスタジオコロリドに落ち着きショートムービーの「寫眞館」を発表後、体制安定後初の長編映画の指揮をマイケル・アニアスとの共同監督として参加したと聞いちゃあファンとして黙っておられません。めちゃくちゃ期待して観に行きました。
今作のPVはそんな私の期待を高鳴らせる良い出来だったと思います。
本作の冒頭は白いモニュメント、人類の生存管理システムである<メディケア>のWatchMeのサーバーだと思われるその表面にプログラミング言語として記述され、メモリーされていく様子から始まる。ある程度の前知識ある人はこのストーリーはエピローグから始まっていることを理解できるし、できなくても中盤でのトァンの心境の独白が過去形だったことから「終わった物語」をトァンの視点から「記述」されたものをソースにそれぞれブラウジングしている物語という理解を得ることになると思う。
原作が小説で、且つこのような構成から物語は一人称、独白、ナレーションで説明くさい。原作は未読だが、これだけのprojectが動くほどの作品であるならば当然、言葉巧みに描写されているのだろうと想像できる。問題はそれをどう映像化していくかというのが恐らくproject-itohの肝なのだが<harmony/>においては総合的に見ると失敗しているねというのが私の見解だ。
冒頭の裏取引からのWarBird撃退戦、中盤のインターポールとの市街戦、これらの戦闘シーンにおいてさえ没入感が足りなかった。どちらも脅威が感じられず、予定調和のようにさえ思えた。
極端な管理社会である<生府>の世界、それと外の世界である<トゥアレグの民>の対比も唸らせる演出はなかったように思える。場面比率は圧倒的に<生府>のシーンが多いためか、終始閉塞的な、それでいて陳腐な空気感は終盤まで続き私の視聴意欲を削っていく。
途中から私はなんでこうなったんだろうと内向的に思考するようになってしまった。周りの観客の反応まで気にしだす始末。結論としては原作に忠実なんだろうと考えた。原作に忠実に作ったらこうなりましたってことなんだろうと。そもそも伊藤計劃という人物が書き上げたストーリーをそのまま真っすぐ素直に<harmony/>に綴られた言葉をコンテクストをそのまま読み解いてはいけない。
病床の縁で描き上げられた作品は単なる生命倫理への問題提起に留まらず作者の慟哭を伝えるメディアなのだ。本作は商業的に作られすぎた。そう結論する。
中盤から終盤にかけて私は伊藤計劃の創作意欲の源泉に関して探るために本作を視聴した。僅かな生存率に掛けて非人道的とも言える多くのものを失うであろう終末期の抗癌剤治療を続けながら書き上げた本作の行間を読み解こうとストーリーにセリフに傾聴する。しかし特に特筆すべき主張というものを汲みとることは出来なかった。そんなもんだろうと思う。伊藤計劃はどちらかというとトァンよりもミァハ寄りだと思うし、自我に拘泥するわけでも自我が深層心理で共有化されることを願ってるわけでもなく我欲に忠実だったんだろうと思う。そうであれば本作はもっと衝動的に展開されるべきだった。もっと勢いというものを、直感的に創造してもよかった。
本作におけるキャスティングは見事であったしメインの3キャラは素晴らしかった。沢城みゆきさんは舞台挨拶の動画で初めてみたけどネットの評判よりも全然美しく落ち着いてて、あれだったらもうちょっとトァン魅力的になるんじゃねって思ったほどだ。それでも本作のイチオシはやはり御冷ミァハなんだが終盤のシーンは大好き。もっと官能的で美しく視聴者にも恍惚を感じさせれたらそれだけでこの作品には星5与えたいほど。生々しく欲情に任せた自然な美しさに狂気をプラスってまあ映像化していいのかっていう問題もあるけどこれに挑戦できる下地ってのを私はなかむらたかし監督に期待しているんです。
もっとなかむらたかし大事に使えよって言いたい作品でした。
主題歌の「Ghost of a smile」も今の自分の心情に沿っているタイムリーな綺麗な歌なのでネットで落とそうかと思います。
総合的に残念な出来ではあったけど、ところどころ流石と思えるシーンも多く、評価が難しい作品ですね。せっかくだから原作も読んでみたいと思いました。