不機嫌なママにメルシィ! : 映画評論・批評
2014年9月24日更新
2014年9月27日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー
ママが好きすぎて自分を見失った「ボク」の痛快な自画像
自伝というのは、おそらく最も難しいジャンルだろう。自意識や見栄、よく思われたいという欲が邪魔をして、自分を客観視することは至難の業。自分の恥をさらすのは勇気がいるものだ。しかし、そんな難関をいともたやすく乗り越えた痛快なセルフ・ポートレイトが登場した。フランスのセザール賞で主要部門をほぼひとり占めにした、この作品である。
裕福なブルジョア家庭の三男として生まれたギョーム・ガリエンヌの半生は、誤解と混乱のオンパレードだ。その根源には彼の、いつも不機嫌で不遜でちょっと偉そうだけれど魅力的な“ママ”の存在があった。本当は3人目に女の子がほしかったママは、食事の時間になるといつもこう叫ぶ。「男の子たちとギョーム、ごはんよー!」(←これが原題)。ママに特別扱いされるのがうれしくて、ママの期待に応えたいギョームは、空気を読みすぎて自分を女の子だと思い込む。かくして、彼が本当の自分を発見するまでの大冒険が繰り広げられていく。
これはもともと、ギョームが自分の物語を台本にし、演出し、52役(!)を演じ分けた1人芝居の映画化。完璧な映画化だ。1人芝居の開幕直前、楽屋でギョームが化粧を“落とす”ところからスタートするのだが、それからはまさに緩急自在。舞台のナレーションを取り入れ、それでいて実に映画的な表現を駆使してリズミカルに語られる物語の面白さは格別! 自分の恥ずかし体験を笑い飛ばして楽しませる、そのセンスが素晴らしい。ギョームはこの映画で、少年時代から大人になるまでの自分と、もうひとつの役を演じている。それが、ママ! しかしどんな状況にも神出鬼没なママは、そうと言われなければ気づかないくらいエレガントで自然だ。
それもそのはず、俳優としてのギョーム・ガリエンヌの歴史は“ママになりきる”ところから始まっているのだから。こうして物語は「なぜ、ボクはいまのボクになったのか」について、たった85分で余すところなく語りきる。と同時にこれは、マザコン男からママへの熱いラブレターでもあるのだ。
(若林ゆり)