「お仕立てしましょう,大人のファンタジー」繕い裁つ人 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
お仕立てしましょう,大人のファンタジー
上質な大人のファンタジーと言える本作。
映画の冒頭に主人公、南市江(中谷美紀)が放つ、こんなセリフがある。
「生活感出してたまるもんですか!」
これは本作の全てを象徴するセリフと言っていい。この一言にすべてが集約されている。
主人公、市江は祖母が始めたオーダーメイドの店「南洋裁店」を引き継いでいる。彼女は洋服のデザインも手掛ける。着る人の個性に合わせた「世界にただ一つの洋服」がこの店で手作りされている。
物語は、この洋裁店の服に注目したデパートのバイヤー、藤井(三浦貴大)が「南洋裁店」の服を「ブランド」として売り出そうと企画するところから始まる。バイヤー藤井と、主人公、市江のやり取りを軸に、市江の交友関係、南洋裁店と、その洋服を愛してやまない客などの人間模様を描いてゆく。
市江と顔なじみのお得意様は、皆この「南洋裁店」の洋服が、大のお気に入りなのだ。
「ここの服は何十年たっても着られるからね」
歳月を重ねて、自分の体型が変わったとしても心配はいらない。
その時は、この「南洋裁店」に自分の服を持って行けばいい。
すると、市江が客の体型に合わせ、その服を仕立て直してくれるのである。
決して目先の流行を追わない。
今日、ただいまの利潤を追求しない。
丁寧な手仕事。年代物の足踏みミシンを踏む主人公、市江の後ろ姿。
そこに差し込む陽の光の美しさ。
だけど、そんな仕立て直しを丹念に行う店は、もはや絶滅寸前だ。
おなじ仕立て直しをしている、親しい同業者(伊武雅刀)は
「この店は私限りです。もう閉めようと思っています」と寂しげだ。
本作のハイライトは「夜会」と呼ばれるシーン。これが良かったなぁ~。
趣味の良い、おしゃれな服でドレスアップした、ご年配の方々が、シュトラウスの「アンネンポルカ」に合わせてダンスをする。
会場に飾られた花々の美しさ。弦楽アンサンブルの、ゆったりとしたリズム。
この夜会にはドレスコードと参加資格がある。
それは「南洋裁店の服を着ること」
そして「30歳以上であること」
子供達は参加できない。これは「大人の童話の時間」を楽しむ会なのである。
本作で使われる音楽はとてもいい。
だけどエンドロールで唐突に流れる平井堅の歌は、やはり「とってつけた」感じは否めないのが残念。
本作は全編、僕の住む街、神戸、並びに兵庫県下で撮影されている。
坂道が多い神戸の街並み。古くから外国人が住む、異国情緒あふれる街「KOBE」
映画の後半で登場する古い洋館は、神戸の塩屋に建つ「グッゲンハイム邸」である。
ここは今、音楽などのイベント会場として貸し出されている。もちろん、普段の日も見学可能だ。僕も何回か通ったことがある。
板張りの床はギシっという音とともに適度に「しなり」、歩き心地も良い。この異人館を使って本作では結婚式のシーンが撮影されている。
この映画には多くの説明はいらないだろう。
ストーリーを追ってゆくタイプの作品でもない。
この作品世界に描かれる風景を、絵画のように楽しむ心の余裕があれば、本作は十分に満足できるはずである。