「バーボンをロックで、と頼みたくなる映画」誘拐の掟 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
バーボンをロックで、と頼みたくなる映画
ホント月並みで恐縮なのだが、「リーアム・ニーソン主演のサスペンス・アクション」と聞いたらなんとなく「96時間」の再生産みたいなものかな~と思ってしまう。
だから、「まぁ、そんなにガッついて観なくても良いかな」なんて思ってしまったのは仕方のないことだ。うん、私のせいじゃない。
しかし、蓋を開けてみれば「誘拐の掟」はアクションちょっぴり、ノワール演出てんこ盛り、男の哀愁漂うハードボイルド・オブ・ハードボイルドの秀作じゃないか!
原題も「A Walk Among the Tombstone」、ノワール風に訳すなら「歩き続けろ、墓標の中を」だろうか?
そう思って観ると仄かに明るい空を背景に、人生の階段を降りていくような主人公・マットのシルエットに浮かぶタイトルからして渋カッコいい。
ぶっちゃけ、リーアム・ニーソンが誘拐された少女にめっちゃ肩入れし、オヤジの怒り大爆発で悪人をバッタバッタと殴り倒すようなアクションを期待してたなら肩透かし。
この映画はそんなお気楽ハッピーを連れてきてはくれない。
傷つき、飲んだくれて、なんとか葛藤をやり過ごすうちに、取り返しのつかない出来事を起こしてしまう。
もう一度人生を模索しよう、マイナスをゼロに戻す人生を。そんな不器用な男から滲み出るハードボイルドだだ漏れのキャラ造形、最高だ!
主人公のマットだけでなく、ヤク中のピーターや弟のドラッグ仲介人ケニーもそう。失った愛を取り戻そうと、必死にもがく姿は不器用なハードボイルドに相応しい。
もっと上手くやれよ、とか突っ込んでは野暮と言うもの。そんな要領の良い立ち回りは求めてないし、求められてもいないのだ。
そんな渇いた男の世界で、誘拐される少女・ルシアの登場シーンは爽やかで潤った春風。
地上に舞い降りた天使、世界を祝福する鐘の音、闇の中に咲いた一輪の気高い花。
あ、純粋無垢な女性に対する賛辞が大袈裟なのはハードボイルドのお約束なんで。
何度も車体を塗り直し、入念な下見と慎重なターゲット設定の末、自らの狂気を満たしていたシリアルキラー達をも一発で魅了する。
まぁ、とにかく映画の全シーンの中でも一番気合いの入ったシーンだった。そして素晴らしいシーンだった。
素晴らしいと言えば、断酒会の回想で語られる12の掟と、マットの心情がシンクロする演出も良かったねぇ。心の内を言葉にし過ぎて妙な独り言を呟かれるのも興が醒めるし、絶妙なガイドになってるところが粋。
依存症を克服するためのステップ、それをこの終盤の作劇に被せてアクションシーンのアクセントにする。お見事です。
エンディング、TJのイラストについて。
もともと出会った時からTJはイラストを描いていた。それはTJの「なりたいヒーロー像」を模索するイラスト。
描かれていたヒーローの胸に、鎌状赤血球をモチーフにしたようなマークがあったことでも明白だ。
マットと行動を共にし、不器用でアウトローながらも高潔であろうとするマットに、理想のヒーローを見出だしたのだと思う。
そんなTJの知るマットは、犯人を警察の手に委ねる決断をしていた。だが、実際にはマット自身の手で犯人は射殺されている。
自宅に戻って、TJの寝顔とイラストを見たとき、「こんな自分を認めてくれる存在」に少し救われた。
一方で、TJの思うような「ヒーロー」ではない自分のやるせなさ。
振り返ってみれば、娘は助けられたものの犠牲は大きかった。死ぬべきではない人たちがあっけなく墓標の一つになっていった。
完全勝利とはいかない、6:4くらいの苦い解決。
「オレみたいな男には似合いの結果さ」そんなビターなマットの微笑みが、ハードボイルドにはよく似合う。