劇場公開日 2016年1月16日

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「緻密な描写が素晴らしい」白鯨との闘い アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0緻密な描写が素晴らしい

2017年1月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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アメリカ文学を代表するメルヴィルの小説「白鯨」は,今から 165 年も前に書かれたもので,私は高校の英語のテキストとして読んだのが最初であった。エイハブ船長や,一等航海士スターバック,黒人のモリ撃ち名人クイークェグ,ネイティブ・アメリカン(インディアン)のタシテゴなど個性的な乗組員が登場し,白鯨に片足を食いちぎられたエイハブ船長が復讐を果たすべく白鯨を追いつめる物語であるが,実はエイハブ船長と白鯨(モビー・ディック)との死闘が書かれているのは終盤の非常に限られた部分だけで,小説のほとんどは捕鯨と捕鯨船の描写に費やされている。

アメリカ人が捕鯨を盛んに行っていたのはクジラの皮下脂肪から取れる鯨油が目的で,肉や骨はほとんど利用せずにその場で捨てていた。ヒゲクジラのヒゲまで一切捨てることなく全身を利用していた日本の捕鯨とは目的が全く異なっている。鯨油は街灯の燃料や工業用の潤滑油等に利用されていたが,やがて石油の採掘が始まると,アメリカの捕鯨はあっという間に衰退した。鎖国をしていた幕末の日本にペリーが大統領親書を持って現れて開国を求めたのは,まさにこの小説の時代であり,捕鯨船の補給基地が欲しかったためである。捕鯨が衰退すると、黒船は全く来なくなったのであるから、この当時からアメリカは全く自分本位な国だった訳である。その体質は現在も変わっておらず、テメーらの都合で捕鯨をやめたからといって他国にもやめろと強制しているのは周知の通りである。

小説の原作者メルヴィルは,自身が捕鯨船の船員だったという経歴の持ち主で,このため,非常に詳細に当時の捕鯨や捕鯨船の様子が書けた訳だが,本作品の原作は,「復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇」という別の小説で,白鯨に遭遇して船を沈められた船員の最後の生き残りにメルヴィルが話を聞くという設定になっている。エイハブ船長もクイークェグもタシテゴも出て来ないこの話の方が,本家の「白鯨」より遥かに衝撃的な内容であり,映画はグロテスクな描写を巧みに避けながら,その衝撃的な話をこれでもかと見せつけるような内容で、「白鯨」を全く知らない人が見ても楽しめる内容になっている。

メルヴィルの「白鯨」でも詳細に描かれていた当時の捕鯨の様子は,この原作でも同様に詳細に描かれており,非常に興味深く見ることができた。勿論白鯨も出て来るのだが,ほぼ一方的に人間側がやられっ放しなので,「白鯨との闘い」という邦題や,やたら勇ましさを強調した TV CM にはかなり疑問を感じる。非常にリアリティのある話で,各人物も一本調子の描写でないところに好感が持てた。特に完全に悪役かと思った人物の豹変ぶりには目を見張らせられる思いがした。

原語で聞きたかったので 2D 版を見たが,映像は非常に見事で,帆船や海中のシーンの美しさと迫力は筆舌に尽くし難かった。物語の後日談をナレーションだけで済ませてしまったところだけが残念であったが,脚本はよく頑張っていたと思う。俳優陣も豪華で,メルヴィル役が「007 スカイフォール」以降でQ役を演じていた人だと気付くまで暫くかかった。他にも,船長や一頭航海士,その他のクルーにも実力者を揃えていた。メルヴィルが話を聞く相手の俳優が,ブラームスの肖像に良く似ていたのが面白かった。

音楽は見覚えのない人であったが,Hans Zimmer を彷彿とさせるような素晴らしく耳に残る曲を書いていた。特に金管楽器の使い方が見事だと思った。「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」の監督を務めたロン・ハワードらしく,画面の隅にまで細かな注意の行き届いた映画である。非常に面白かった。字幕はまたも林完治であった。「Star Wars フォースの覚醒」でも気になったのだが,字幕を入れるべき台詞をいくつか飛ばすのが気になった。
(映像5+脚本4+役者5+音楽5+演出5)×4= 96 点。

アラ古希