劇場公開日 2014年8月2日

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ぼくを探しに : 映画評論・批評

2014年7月28日更新

2014年8月2日よりシネマライズ、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー

アニメ作家が挑んだ初長編実写は、五感を存分に使って味わう贅沢なごちそう

シルバン・ショメ監督の長編アニメはどれも傑作揃いだ。おばあちゃんキャラが奮闘する「ベルヴィル・ランデブー」といい、ジャック・タチの遺した脚本をもとに描かれた「イリュージョニスト」といい、そこにはアニメならではの突飛な楽しさや郷愁がギュッと詰まっていたのを思い出す。そんなショメだからこそ初の長編実写もまた、とびきりのイマジネーションに満ちた逸品に仕上がった。

主人公のポールは30代のピアニスト。幼い頃に両親を亡くし、そのショックでいまだ言葉を発することができずにいる。そんなある日、彼は同じアパートに住むマダム・プルーストと出逢い、彼女が淹れた不思議なハーブティーの力を借りて赤ん坊の頃の記憶を探訪することになる。

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106分間、まるで淡い光に包まれて夢を見ているかのような多幸感が止まらない。とりわけ記憶の中の母は常に優しい微笑みに満ち、ダンスにミュージカル、時には謎のカエル楽団まで招聘しながら、あらゆる表現を駆使してポールに愛情を注いでくれる。この遊び心あふれる趣向、鮮やかな色彩やディテールは心の栄養となって観る者を元気にしてやまない。

そしてショメ監督ときたら、相変わらず観る者の感覚を惹き付けるのが格別にうまい。たとえば言葉を失ったポールはさながらサイレント映画の主人公のようで、その感情の機微を身体の動きの細部へとみなぎらせる。するとどうだろう。我々の意識は通常とは異なるレベルで、彼の一挙手一投足に集中力を研ぎ澄ませることになる。

感覚に訴えかけてくるのは、失われた言葉だけではない。視力を失った調律師が現れると僕らは自ずと耳を澄まし、彼の音へのこだわりを聞き逃すまいと思う。また、部屋いっぱいに青々と広がる野菜畑を目にすると、不思議とその香りを胸いっぱいに満喫したくなってしまう。そう、この映画はまさに、五感を駆使して楽しむ贅沢なごちそうなのだ。

そんな味わいに導かれながら乗り越える、生と死、愛と孤独、出逢いと別れ。人生の通過儀礼がここに集約されている。辛い時、ふと聴こえてくるカエル楽団のグルーブは我々に「人生、そう捨てたもんじゃないんだぜ」と諭してくれているかのよう。全編を通じて穏やかでありながら、そのテーマは深い。奇想天外な中に人生をしっかり見据えた秀作である。

牛津厚信

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