チョコレートドーナツのレビュー・感想・評価
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2 Thumbs up great movie, but very sad
2 thumbs up , very sad movie.
The time has come now for “any day now”.
If he was alive today, he could live with two daddies.
子供は親の人生の延長線上にいるわけじゃない。
最後タイトルに納得。
ゲイカップルが障がいのある子を育てるストーリー。悲しい終わり方。
ゲイに対する見方は人それぞれだから偏見持たれることは仕方ないと思う。
でも、子供が安心して生活できる環境を確保してあげなきゃいけないときに、大人が一番大切なところに目を向けれないのはよくない。
実話はゲイが引き取って育てたって話らしく、こんなバッドエンドじゃなくて本当よかった。(実話だったらマジ裁判の内容がクソすぎる)
その子供役の子は、本当にダウン症ながらもこの作品で俳優デビューしたらしい。
笑顔が素敵。
有る意味ご都合主義
まぁ、深く考えなければ映画としては良いと思う。同性愛への偏見・差別などの訴える問題も有るし。疑似ではあるが一種の親子もので、ラストに歌うルディの姿も熱演で感動的。これで良いと評価しないと叩かれるタイプの映画。
ただ、今まで付き合いも無かった隣人の子供、それもとても手が掛かるであろう障害児を引き取って育てようとするだろうか?うん、ルディは寂しかったんだろう、家族が欲しかったんだろうけど、その辺の設定が緩すぎるかなぁ。マルコにしても、ストリートチルドレンになるワケでもなく、施設に引き取られるんだから、家賃を「明日まで待って」と言うルディとの暮らしよりもマシだったんじゃないか?ルディを支えるポールとの関係にしても、以前からの恋人同士なら分かるんだけど、出会ったばかりで、ゲイである事を隠しているのになぁ。
しかも、ゲイってバレたら仕事をクビになるって・・・・(まぁ、建て前はマルコを引き取る時のルディとの関係を偽ったからなんだろうけど)、そうなると、マルコを引き取る裁判以前に、自分の不当解雇を訴えるなりするんじゃないか?まぁ、アメリカの雇用制度だと、そう言う無いのかもしれんが。だとしても、少なくともポールが理解のある弁護士事務所等に雇用されるシーンが無いと、二人の生活費って?って思った。
とは思いながら、「実話を元にして」と有るから、多少の演出過多はあっても、「あぁ、こういう事が有ったんだろうな」と思い観た。が、見終わってからググったらほぼ創作・・・・。
実話を・・・って推すのが逆に冷めてしまった。
日本版のタイトルが秀逸
ルディがたまに見せる満面の笑みが好き。
ポールに同居を申し出されたときとか、マルコが歌ったあととか。
あと先生(いしのようこ似)がめっちゃいい人で泣ける。
ハロウィンの仮装の映像、和やかに観てたのにこれがそんな流れになるとは。泣ける…
わざわざ母親と取引してまで二人からマルコを奪うとか…
「ぼくのうちじゃない」とか……
泣ける。
実話をもとにってのでまた泣けてくる。
「グッド・ワイフ」今後も観ます。
人の本心に響く良作
70年代からつい最近までのアメリカの制度の欠如を、日本人の私にでもわかりやすく批判していた。
実の母よりゲイの二人のほうが愛情をもって育てているという事実を、同性愛という全否定される立場でありながら、時には熱く、時には冷静に誠実なことを伝えている姿に感動した。
物語の結末に、マルコが死んだあとにポールが、酷いことしてきた人たちにまで書いて出した手紙は、非常に心を打たれた。
知的障害者や同性愛という立場の人を、気遣い行動する人も増えてきたご時世。しかし、本心からは馬鹿にしたり無下にしていないかということが問われているような作品だった。
軽んじられるマイノリティ。
現代よりもっと同性愛者に対する視線が厳しい時代の物語。
裁判のとき、固定観念に相手を当てはめていくような侮辱的な語り口に
本当に憤りを感じた。
優しい人たちが報われる世界になって欲しい。
無償の愛
人が人を愛する理由には様々なものがある(異性愛、友情愛、親子愛等)が、ルディやポールがマルコを愛する愛は、マルコがただ可愛いからだけではなく、マルコの存在そのものを愛さずにはいられない、そのような愛だと感じた。
私自身、両親からそのような「存在自体を愛する愛」で愛されていたことを心から幸せに思う。
純粋な愛を想起させてくれる、とても心が揺さぶられる映画でした。
米国憲法修正第14条で護られなかった人々
舞台は1979年のアメリカ。1970年代は憲法修正第14条を根拠に、それまで差別されていた女性の、法の下での平等が認められるようになった時代だ。
しかし同性愛者への偏見は依然として厳しいことが分かる。主人公達の、第14条を根拠に母親がいない間の保護を申し立てる計画は、まともに取り合ってもらうことができず、救えたはずの命を失ってしまうのだ。
同性婚が米国全州で認められたのは2015年。同性婚の養子縁組が認められたのは2016年。この映画が制作されたのは2012年だから、社会の耳目を集める役目を果たしたかもしれないと思った。
舞台延期でこちらを鑑賞
まずは今回のコロナ禍で、予定されていた舞台「チョコレートドーナツ」の12月7~19日の舞台は中止、21日が初演となった。
私は12日のチケットを購入していたので涙をのんだ。「せめて映画を」と、舞台の隣の映画館で原作を鑑賞。
舞台化されるほどだから、人の心を揺さぶるに充分な作品なのだろうとは覚悟の上。
それでもやられてしまった…
マルコの笑顔を思い出すと、まだ悔し涙が…。
40年前ってまだこんなに頑なな差別があったんだ。
今の時代、私の所感としては
最初の裁判官が言ったような
「同性愛が普通と思ってしまう」
なんてセリフは陳腐で
「同性愛も普通」な世の中と感じている。
ゲイカップルが里親になったなんてニュースは最近ではいくつもある。
でもここまで来るのに、長い戦いだったんだろう。自然と法律が改正されはしない。
悪法(とまでは言えなくとも)に涙をのみ、裁判で戦ったり、まわりにうったえたりしたルディやポールのようなや人たちが開拓した現代の生活なのだ。
チョコレートドーナツって甘いタイトルからはもっとホンワカした内容かと思っていたが…、この映画を見てチョコレートドーナツがとっても切ないものに変わってしまった!
ルディ役の俳優ものすごく好きだわ!男も女も一目惚れするね、これは!歌の表現力が凄い。
これを東山紀之が演じるのを見たかったよ。
【ハッピーエンドの話が聞きたい】
この日本語タイトル「チョコレートドーナツ」は、オリジナル・タイトルより、なんか好きだ。
僕も、マルコのように、ハッピーエンドの話が聞きたい。
マルコが求めていたのは、何も世界最高のハッピーではなくて、チョコレートドーナツを食べた時に感じるような幸せであったはずだ。
僕もドーナツが好きだ。
このリバイバルを観た後も、実は、クリスピークリームのプレーンのドーナツを食べた。
おいしい。やっぱり、ハッピーな気になる。
でも、今の世界は、ちょっとやっかいだ。
LGBTQに対する理解が進み、窮屈にカテゴリー化するのを見直して、呼び方をSOGI(=セクシャル・オリエンテーション&ジェンダー・アイデンティティ)に替えるような動きがある一方、ダウン症の人が映画作品に出たりすると、感動ポルノだといって批判を浴びたりもする。
そして、批判の先鋒に立つ人に限って、実は差別を助長するようなことを言う人だったりする。
なかなかコミュニケーションが簡単ではないダウン症のはずなのに、この作品のマルコは、心の動きがとても豊かだ。
演技だといえば、それまでだが、よく考えてみたら、ダウン症の人だって、みんなの心に訴える演技が出来るし、実は、みんな同じなのではないのかと思う。
そして、世界でもうひとつやっかいなのは、ゲイが親になろうとするストーリーに出会うと、ゲイにも母性本能とかいう上から目線の括り方をする人が結構いることだ。
人が、大人になって、子供の成長を育み、助け、そして、見守りたいと考えるのは、ジェンダレスな親でありたいという気持ちや行為のはずだ。
母性や父性という考え方も実は過去のものにしなくてはならない時が来ているのだ。
少し手間でも、ニュアンスがどうだとか、こうだとか言い訳をする前に、僕達は考え続けなくてはならない。
実話をベースにした物語だ。
このカップルは、ずっと、自分達のこと、マルコのこと、そして、社会のこと、社会システムのことを考え続けるだろう。
悪法も法だと言った古代ギリシャの哲学者もいた、
でも、もうソクラテスの時代ではない。
選択的夫婦別姓すらまともに議論できない、この国の暗い部分には辟易とするが、ずっと声をあげ続けることに意味はあるはずだ。
僕達だって、常に頭の隅に置いて、気をつけるぐらいは出来るだろう。
ハッピーエンドの話が聞きたい。
ささやかなセリフだが、これほど、優しくて温かい、そして、自分もこの話聞いてみたい、そんな気にさせてくれた映画は、かつてなかった気がする。
ゲイだとか障碍者だとか、そんな括りには当てはまらない普遍的なテーマだと思う。
そして、きっと色褪せず長く愛される作品だと思う。
この作品が世界の人々の心を揺さぶる。
世の中は、まだ、捨てたもんじゃない。
そんな気がする。
泣けた!
「人は最終的には血筋を優先するのだろう…」
と(記憶は定かではないけど)
誰かがコメントしてるのを見た事ある
確かにそうなるだろう
と、しみじみ思った
血が繋がってるのが本当の親子だ!と。
子供の前で薬物をしてても
育児放棄してても
虐待してても
目の前で苦しんでても
他にも(これ以上言えない事も)……
しかし人は血の繋がってない人と
人生を誓う
沢山の人の前で
手間暇かけて
金かけて着飾って
涙を流しながら
唇を潤わせて
瞳を輝かせて
約束する
貴方しかいない
と。
不思議だ
っつか、
面白い
わかってても
幾万年も くり返してる
そして言う
「気持ち悪い」
「あり得ない」
「本物じゃない」
そうやって区別して
共感し合う人達と
差別し群がり
優越感を感じる
………
マルコは
三日三晩
自分の帰る場所を探して
橋の下で息を途絶えて亡くなる
きっと
彼の
シンプルで優しい彼の
行くつく場所は
自分を受け入れてくれる
「居場所」。
たとえそこが
ゲイの人だろうが
異人種だろうが
異国籍だろうが
異文化だろうが
関係なく
ハッピーエンドを求めてて
マルコはマルコなりに
探して
彷徨ってたんだよな?
な?マルコ。
違うかい?
三日三晩
飲まず食わずで
苦しくなかったかい?
辛くなかったかい?
っつか、オイっ、マルコ
平和ボケした俺より
感受性あって
お前スゲ〜じゃん!
普通にそんな事しきらんしよ?
お前
最強っ!!
でも
マルコは本当に安らげる
居場所求めて
彷徨ってるって
おそれおおくて
参りましたm(_ _)m
最後の歌うシーン
本当に泣けたよ
自分の汚れさ
と
気づきに。
ゲイとダウン症、どちらも差別・偏見の的になる者同士が集まってる そ...
ゲイとダウン症、どちらも差別・偏見の的になる者同士が集まってる
その要素も大事だけど、それよりも罪なき子供が救われない現実を突きつけられる
チョコレートドーナツ🍩見るたびに思い出すのはつらいよ
泣きました。何回も鼻かみました。ぐちょぐちょのティッシュをウチで捨てて、ああこんなに泣いたんだ
とびっくりしたぐらい。
1970年代の実話にインスパイアされた脚本による映画。
ショーパブで踊るゲイのルディの夢は本当は歌手。そこへひとりでやって来たポール。彼は弁護士だった。ルディと同じアパートには薬物中毒の母親を持つダウン症のマルコがいた。養育権を争う場面では養育環境の良いポールの家が必要な二人はいとこ同士だと主張し、刑務所に入所中の母親に代わってマルコを二人で育てる。約一年間。マルコは学校に行く。環境が好転して、マルコは成長著しい。学校の先生もそう言ってだから、確か。この美人先生がルディとポールを色眼鏡で見ないところが素晴らしい。しかし、ポールの上司の家のパーティーに招かれてから二人がいとこ同士ではないことがバレて、ポールの上司のランバートが、偽証だからマルコの養育権は無効だとチクることで再びマルコは養護施設に戻されてしまう。すっかり落ち込んでしまう二人。ポールは再び養育権を法廷で争うことを決意。差別問題に強い黒人の弁護士の援助を受けて、裁判は順調に進み、学校の先生の供述もあり、ゲイカップルでもマルコの養育権を得られるかにみえたが、ランバートが裏で手を回して、母親を出所させ、無理矢理マルコの養育権を主張させる。
最後まで、ハッピーエンドになってくれることを信じていましたが、シャブ中の母親が男を部屋に呼びこむ劣悪な環境に戻ってしまう。母親と男がよろしくやる間、部屋を出される。
嫌な予感がしました。
マルコが外をさ迷ったあげく、橋の下で死んでいたと新聞の片隅に載ることで二人はマルコの死を知る。ポールはランバートはじめ、裁判に関わった司法関係者に手紙を書き、これを知らせる。「マルコはハッピーエンドの物語がとても好きでした………」法律と行政が必ずしも弱者のものではないことに対する反省を促すというより、静かに燃える抗議を込めて。でも、マルコは帰って来ない。
一番悪い(ヤナ奴)は。ポールの上司の検察官(弁護士)ランバート。最初から俗物感が強くて、キライなタイプ。あきらかにポールへの嫌がらせ。
ルディはポールからプレゼントされたオープンリールレコーダーで録音した歌をカセットテープにダビングして、ほうぼうに送っていたが、ライブハウスの専属歌手の話しが決まる。
原題は Any Day Now 。いつかきっとという意味で、Bob Dylanの I Shall Be Releasedの歌詞から付けています
Any Day Now, Any Day Now, I Shall Be Released.
こんなに力強いのに悲しい I Shall Be Released は初めて聴きました。
映画で泣くのはただ悲しいとかではないです。悔し涙が大部分かな。
弱者、世間からはみ出したものが、体制の圧力や横暴によって不幸な結末を迎えたときが多い。
I Shall Be Released がかかるともう100%です。
昔(戦前、戦後)はダウン症などの障碍を持つ子供が道端で飢えで野垂れ死にすることは当たり前にあったらしいです。マルコの死に顔には何本も涙のスジがあったことでしょう。そうゆうことが、○○保護法とか制度でサポートされている今日でも、ありうるかもしれません。法律、条令の効力を発揮するには何が重要か。この映画は教えてくれます。また、原理原則だけでは融通がききません。たまになら夕食にチョコレートドーナツたべてもいいんです。邦題とてもよいです。
最近、草薙剛のミッドナイトスワン観ましたが、この映画の影響はものすごく大きいと思いました。
ルディ役のアラン・カミングはこの映画出演の後、堂々とカミングアウトできたそうです。
世間は何も分かっちゃいない
映画好きの友人から強くオススメされたので鑑賞。
前情報は全くなしです。
こりゃ、ホントにいい映画だな...。
笑えて、嬉しくなり、辛く、胸が痛む。
主人公と同じ感情をいつの間にか抱いている
同性愛に強い偏見と差別があったアメリカ1970年代。ゲイバーでダンスを披露している主人公のルディは、とある日毎日大きな音を鳴らす隣の部屋で捨てられた子供を見つける。
3人の演技が素晴らしい
特に実際にダウン症を患っているマルコの演技がとてつもなく染みる。染みる。染みるんだよ...。(涙)
マルコはもちろんのことだが、同性愛の2人が成長する様も非情に上手く描けている。
マルコは2人によって、ルディはマルコとポールによって、ポールはルディとマルコによって。お互いに支え合って共に成長し生きていく。
音楽とテンポが非常にいい。
ルディの歌声がホントに綺麗。心を掴まれる。
短いながらにして、内容は濃ゆいし、テンポも良いので見応えバッチグー。映画館で見たかったなぁ...
ぼそっと呟く言葉も胸に響く。
最近になり「差別」がようやく問題視されるようになったが、50年近く前はここまで酷かったのかと改めて感じさせられる。この世界に住む全ての人にこの映画を見て欲しいくらい、刺さりますよ。
欠点としては、1年間の思い出がサラッとしすぎていたかな。ハロウィンもクリスマスもビデオ越しではなく、実際の様子が見たかった。
あと、ラストもサラッとし過ぎていたんじゃないかなと。しっかりと落としてくれないとね。
法律が正しい?
家族が正しい?
同性愛や障害者が間違っている?
なんて理不尽な世の中なんだ。
世間は何も分かっちゃいない。同性愛者にも男女カップルと同じような愛を持っているんだから。
私は障害者という言葉が嫌いだ。
それと同時に24時間テレビが嫌いだ。
障害者は特別ではない。特別扱いをすることそのものが間違っている。それこそ差別なのだ
最高の映画でした。
これからオススメの海外映画はと聞かれたら迷わずこの映画を挙げることにします。
絶対に見るべき1作
薬物依存の母親から育児放棄された、
ダウン症の少年マルコ。
ゲイカップルであるルディとポールは、彼を引き取り、愛情をもって育てようとするが、世間はそれを許そうとしなかった…
まだ偏見の根強い1970年代のアメリカで実際に起きた話をベースにしてます。
・・・
「まとも」とは?と考えさせられる作品。
世間体、法律、権力…
「マルコの将来」という本質はないがしろにして、
型通りの正義を振りかざし、彼らを引き裂く大人たち。
でも、当時のアメリカ社会では、
多分これが「常識的な」結論だったのかとも思います。
社会的弱者の彼らがいくら声をあげようと届くことはない。
でも常識は、時代とともに変わります。
実際LGBTが受け入れられるような世の中になってきて、この作品の時代とはだいぶ異なってきてます。
必要なのは、法改正や制度と同時に、
個人の中にある偏見を取り除くことかと思います。
そういった意味でも、この作品は個人の視界を広めることのできるものだと思います。
あと、ラストのルディのショーのシーンは圧巻でした。
やるせなさ、悔しさ、無力さ。
力強いまっすぐな歌声に心打たれました。
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