フランシス・ハのレビュー・感想・評価
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なかなか痛い…が共感して明るくなれる
主人公のなかなか空気の読めない感じ、周りの変化を受け入れられない感じ、自分を客観視できない感じ…全てが痛々し口感じる。が、それは自分の写し鏡のようで観ていてこっちまで恥ずかしくなる。 特に親友ソフィーへの愛情はちょっと狂気に近い。 だからしっかり落ちて、そこからまた再スタートを切る展開はちょっと急にも感じたが、とにかく良かった、一安心とこっちまで嬉しくなった。
今も続いているグレタ・ガーウィグの物語
主演で脚本も手掛けたグレタ・ガーウィグといえばフェミニズム映画の最先端にいる監督だと思っている。 本作で監督は務めていないが女性を視点にした作品群は自然とフェミ映画へと仕上がっていく。 グレタ・ガーウィグがなぜ最先端だと思うかというと、多くの間違ったフェミ映画とは一線を画すからだ。 間違ったフェミ映画は、これからの女性はこうあるべきという押し付けが酷い。そんなもの本人に選ばせろと言いたくなる。結局「これからの女性」という足枷で型にはめようとしてくるならばフェミの皮を被ったアンチフェミのようだ。 その点グレタ・ガーウィグは違う。 過去に幾度となく男性を主人公にして作られてきたものを女性主人公に変えただけなのだ。 つまり男でも女でも同じ、性別で物語は変わらないのである。 「女性だから」「女なのに」という前置きの排除こそが本来のフェミニズムであり、こんな簡単なことがほとんど誰もできておらず、それをいとも簡単に作品にしてしまうグレタ・ガーウィグは最先端フェミ監督だと思う。 グレタ・ガーウィグは「レディ・バード」で自分のことを作品にしたという。 本作もまたグレタ・ガーウィグ本人が反映されているように感じる。 女優としてはイマイチパッとしない彼女は監督、脚本家として名が売れた。本当は女優として成功したかったのかもしれないなと、本作の主人公フランシスとかぶるのだ。 しかし、まだ続いていくことを示唆するような「フランシス・ハ」のエンディングは、今のグレタとやはりかぶり、良かったんじゃないかと思えるのだ。 大人になることは夢の終わりというわけではなく、形を変えて続いていく。今のグレタ・ガーウィグを知っているとあたたかな気持ちになれる。 やはりこれはグレタ・ガーウィグの物語だ。
フィーヤンの漫画にありそう
いい大人になってるのに計画性もなく 当然お金もない。 夢は持っていたが才能もなく かといって諦めて別の仕事につくでもない。 だけれども結婚するとか田舎に帰ってちゃんとしなきゃというのでもない。 できることなら幸せになりたいと願うが 空気を読めないどんくささで せっかく美人でもモテない。 ないない尽くしのダメンズならぬダメ女子。 文におこすと身もふたもないけど こういった人物は珍しくなく 己も含めて案外たくさんいるのでは。 変に自己嫌悪に陥ったりもせず 無様でも走り続ける彼女をなんだか嫌いになれない。 大人になり切れない感覚が 自分の中にもあって自分自身を重ねてしまうようなところもあるせいだろう。 ハッピーマニアなどのフィーヤン(女性向け漫画雑誌)に 載っていそうな感じだと思いながら観ていた。
27歳ってまだ若い
2022/06/06@アマプラ 25歳の私から見る27歳はまだまだ若い フランシスが「妊娠って遠い世界の話」と語るシーンがあるけど、人生の様々な決断を迫るには27歳にとってはまだまだ先の世界の話だと思った そういえばモノクロ映画なのに凄くカラフルに色が付いて見えた プラダを着た悪魔を思い出していた サクラメントの街並みがおばあちゃんの家の周りに似てて懐かしくなった ソフィの旦那がキレるところなんかリアルだった 最初に出てきたスフィンクスは2匹とも幸せになれたかな? 少なくともフランシスと同居してたら猫にはストレスだったと思う
デヴィッド・ボウイ「MODERN LOVE」
良かったのは、エンドロールとテーマ曲とアダム・ドライバー。 下らない淡々とした日常を観せられて退屈、僕はダメでした。 1番良かったシーンは、テーマ曲が掛かるエンドロールで、 退屈な作中とは正反対なアップテンポでゴキゲンな曲♪ この、退屈な映画、退屈な時間、から、やっと解放される喜び♪ 『フランシス・ハ』の意味が分かる事💡 このエンドロールが、お洒落です。 一応、ハッピーな話ではあるので、 イヤな事があった時とか、 明日から仕事…行きたくない…とかの、憂鬱な休み明け前とかに、 ボーッと流してれば、下らない淡々とした内容に癒されるかも…? 「MODERN LOVE」は名曲♪
むず痒いけどなんだか微笑ましい
なんでか知らないけど勘違いで結構最後までフランシスが同性愛に目覚める話だと思って観てた。。違った。。 でもそれぐらいソフィーのことが彼女は好きで好きすぎて空回りして嫌いっていう。なんだかわからんこともない感じが妙に生々しくて。観てて少し恥ずかしくなるんだけど応援したくなる。 若かった頃の人には言えないモヤモヤを、フランシスを通して再体験した気分でした。
ハーフ
最後のシーンでなんかこの映画以前にも見たぞ、と全然前回の印象が残っていなかったのだけど今回はそこそこ心に響きそう。良い人なのか、嫌な人なのかいやいや人は両方兼ね備えているという事で、ちょっと知り合い程度の人にとってはあまりにイタイ人にしか見えない、パリも行っちゃうんだ、と 最後はそうしたらいいのにーと思った方向で終わったので良かった。
才女グレタ・ガーウィグ
才女グレタ・ガーウィグがパートナーの監督で白黒の映画を撮った。 主人公は27歳、ニューヨーク在住、ダンスを学んでいるがぱっとせず、生き方が不器用なせいか、住むところも無くなる始末。 でもいつも前向きで、まだ27歳と頑張る。 皆んな主人公を応援したくなるのでは。
淡々とした若者のリアルな日常
WOWOWで偶然始まった瞬間にスイッチを入れてしまったので、その流れで観ました 私の周りにもこんなイタイ子いたよね、と思わせる主人公の鬱々とした日常が淡々と流れていきます 淡々と、特に大きな事件が起こるわけでもないのにチャンネルを替える事なく、最後まで彼女が成長していく人生の1ページを楽しめました モノクロな映像にさほど美しくない登場人物の青春を少し越えてしまった年齢の、子供ではなく、かと言ってまだ大人になりきれていない27才のソフィのイタイ日常を飽きさせる事なく、ほっこりと感情豊かに描き出した監督さんの腕が光る映画でした
羽ばたけフランシス
個人評価:3.9 どの場面の会話劇も、ちょっと可笑しな言動も、どれもノア・バームバックらしいセンスが感じられ、とても瑞々しい。後にレディ・バードを撮るグレタ・ガーウィグの原型ここにありといったキャラクターがとてもチャーミング。 冒頭のケンカごっこなど、よく分からないシーンが無性によい。
珠玉な気取りの無さ
現代用語にスイーツというのがあるけれど、その定義をよく理解していないかもしれないが、フランシスはいうなればスイーツかもしれない。嫌なスイーツじゃなくて、愛嬌のあるスイーツ。現実でまるでフランシス・ハを見たばかりのような女性に会ったことがある。アメリのように模したくなる天然だ。 冒頭から躍動と活気に満ちている。きまぐれでさびしがりや、フランシスが生き生きと描かれる。モノクロに必然性とおしゃれがある。親友ソフィーと男友達、交友と会話にフランシスのいじらしい内面があらわれる。その背後にハリーニルソンがボウイがマッカートニーがマークボランがモーツアルトが流れる。だてに単館から拡がったわけではない。 グレタガーウィグはとても白人な顔立ちをしている。監督業で一躍となったが演技も味わい深い。演技力というより、素がにじみ出るところに特色がある。ふとした仕草に、まるでカメラを向けていなかった時のような自然体が露われる。これは、この映画の絶対的な魅力にもなっている──と思う。ワインを持って議員にぴったりくっつく臨時ウェイトレスのフランシスは、どうしようもなくかわいかった。 ダンサーへの夢破れてアルバイト。ペーソスと共感をおぼえ、小品なのに、心に残っている。 郵便ボックスの小窓に、フルネームFrances Halladayが入らないので折る。だから小窓から見えるのはFRANCES HA。それがタイトル。その気負いの無さ。称賛も映画賞も何にも狙ってません──の無心。そこに無類の価値と愛おしさがある。日本映画の反対側にいる映画。
こじらせ女子の青春ストーリー in New York City
女優ガーウィグの主演・共同脚本のこじらせてるけど元気印の女子の青春物語。 主人公は20代後半のダンサー。気のおけない女友達とのわちゃわちゃな共同生活が楽しいし、仕事もレギュラーではなくても好きな舞台の仕事だし、恋人も一応いるし、このままの暮らしでずっといけると思っていた。でもある日、親友に恋人ができて出て行ってしまったことを皮切りに足場が崩れ、自分の今後と向き合わざる得なくなって。。 ドアノーの恋人達の写真集を思わせるようなモノトーンの画面と、デヴィッドボウイ「モダンラブ」のBGMがおしゃれっぽい。 観たあとの最初に心に浮かんだのは「こじらせ女子いいじゃん!」だった。
【”走れ!フランシス!。思わず、大人になりきれないが、頑張っている彼女を応援したくなってしまった作品。】
フランシス(グレタ・ガーヴィグ)は良く走る。疾走していると言っても良いかも知れない。その長い手足をフル回転して走る。 ー取り分け印象的で、とても好きなのは、”デヴィッド・ボウイのモダン・ラブ”がフルボリュームで流れる中、彼女が街中を疾走する姿を映し出したシーンである。ー が、いつも疾走している訳ではなく、ルームシェアしていたソフィーはパッチと言う男の部屋に移ってしまうし、その後、部屋を一時的に間借りしたベンジーとレヴ(アダム・ドライヴァー:ウワワ・・、嬉しい)はボンボンらしく、自分との違いにがっくりきたり、迷走する事の方が多い・・。 ダンサー契約も難しくなったり、見栄を張ってパリに二日だけ行ったは良いが、時差ボケか夕方まで寝てしまったり、ソフィーとパッチ(東京に栄転?)の関係に嫉妬したり・・。 色々と残念なところもあるフランシス、27歳なのだが、何となく憎めないというか、いつのまにか、心の中で応援してしまっていたよ・・。 (というか、フランシス=グレタ・ガーヴィグとしか思えなかった・・。) <あの、郵便受けのラストは洒落ているなあ。それで、フランシス・”ハ”だったのね・・。>
モノトーンが彼女の人生を物語っている
生きていく上で心の支えとなる人が必要なんだなぁ。ここに出てくる女の子たちは、みんな不器用で明るい!どん底だと思える人生でも一生懸命。。。これ20代だからオシャレな人生だけど、50代になるとリアルでカラーでないと重いなぁ〜って印象になるんだろうな。ごちそうさま!
惚れてしまうやろ
フランス語?オランダ語?なんかそんなんやろ、と思いきや、ガサツで飛んでて不器用だけど懸命に生きる主人公を象徴する1シーンに行き着く。愛すべき人。心が締め付けられる。 グレタ・ガーウィック、脚本監督したレディバードを見れば、これがレディバードのその後の人生を描いているようにも見える。彼女の世界観で彩られた人の生き方。支配されずに、我が道を行く。 Everything’s gonna be fine, fine, fine.
フランシスは…
公開時は俊英ノア・バームバック監督作として注目されただろうが、今となっちゃあ女優に留まらず監督としても高い評価を受けるグレタ・ガーウィグのブレイク作として注目。“ダークサイド”に堕ちる前のアダム・ドライヴァーも出演。 何だかまるで、ウディ・アレン映画を見ているようだった。 舞台はニューヨーク。 そこで生きる人々の人生観、恋愛観。 軽快な演出、ナイスな選曲、洒落た台詞。 『マンハッタン』を彷彿させるモノクロ映像…。 バームバックもニューヨークで生まれ育ち、ニューヨークが舞台の映画を撮り続けているニューヨーカー。将来のウディになるかも。 ウディ映画と違うのは、主人公像。ウディ映画の主人公はインテリで、少々鼻に付くひねくれ者が多いが、本作の主人公は共感・応援したくなる。 プロのダンサーを目指すフランシス。 夢を追う彼女の山あり谷ありのサクセス・ストーリーであるのだが、当初は自由気ままな暮らし。 今が楽しけりゃいい…今の若者そのもの。若干KY気味の、ダメ人間。 が、ルームシェアしてた親友が恋人と暮らす為にルームシェアを解消、さらに恋人にもフラれてしまう。 突然立たされた人生の岐路。 新しい住まいを求めて街を転々、新しい人生を探して街を模索。 時にユーモラスに、時にシリアスに、共感度たっぷりに、ヒロインの友情、恋愛、夢、挫折、再起、成長…。 グレタ・ガーウィグが生き生きと好演。脚本も兼ね、このヒロインはガーウィグ本人だろう。 音楽や数々の楽曲がヒロインの心情やシーンにハマり、本当に心地よい。 また、このちょっと変わったタイトル。最後に意味が分かり、ニヤリ。 小規模・低予算のモノクロ作品で実験色が濃いが、意欲作。 バームバックのセンス、ガーウィグの才に溢れた快作。
謎に惹かれる映画
2018年注目作「レディ・バード」の監督を務めたグレタ・ガーウィグの主演作ということで鑑賞。新鮮さを感じる映画だった。 一人の女性の友達関係と彼女の生き方を描いた映画で、全編にわたってモノクロである。 まず、ストーリーは起伏に富んでいるわけではなく、何も上手くいかない主人公のみに焦点を当て、日常の彼女の性格や感情が伝わるようになっている。その中で時折コミカルな会話を挟んだり、リズミカルな音楽があったりと、小気味好くストーリーが進む印象を受けた。ラストシーンも痛快で締めくくりとして満点だった気がする。 主人公は空気も読めないし、図々しくて完全に後ろ指を指されるタイプの女性。でも、どこか人間味があって憎めない部分もある。その彼女がストーリーが進むにつれてちょっとずつ変わっていくのは、見ていておもしろかった。 グレタ・ガーウィグの演技はかなり良い。ちょっと老けてる27歳を完璧に演じきったように思える。 本作がモノクロにしたのは正解だった気がする。もしカラーだったら、彼女の服や髪などのビジュアルを見て彼女を嫌いになっていたかもしれない。主人公の自己主張の強さを視覚的に多少和らげる効果はあったのではないだろうか。
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