「米林監督の優しさにすごく癒される作品」思い出のマーニー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
米林監督の優しさにすごく癒される作品
幻想なのか、それとも現実なのか?
主人公の少女安奈と出会うマーニーは、突然現れて、突然消えていく不思議な存在として描かれます。だけどマーニーの正体が明かされ、全ての疑問が繋がる後半の展開は、ミステリー小説のように楽しめました。
両親の愛情を知らずに育った安奈。仮面をまとうように義母の元で普通の顔を装おい続けてきた心の闇が胸に突き刺さりました。それだけに自分の母親も同じ境遇で育ったことを安奈が知ったとき、そして同時に母の代わりに自分を育ててくれた祖母の愛に触れたとき、安奈の心境の変化が感動的なのです。
孤独で誰からも愛されていないだめな人間だとずっと思い込んできた安奈でした。しかし、自分のこれまでを知ったとき、どんなに自分が愛されたきた存在だったか思い知るのです。最後にずっとおばさんと読んで他人行儀に接してきた義母を人に紹介するひと言にグッとくることでしょう。
後で触れるとおり、革新的な本作は、これまでのジブリファンには拒絶されるかもしれません。でも心に子供自体のトラウマを持つ人なら、深い癒しを感じさせてくれる作品として、熱狂的に支持されるでしょう。
監督は、「借りぐらしのアリエッティ」に続いて、ジブリ生え抜きの米林宏昌の第2作。ヒロインの繊細な心のあやと、その内向性を描くことで、きっと新たなジブリの方向性を感じさせてくれる作品となることでしょう。皆さんにもぜひお勧めします。
ところで、昨年はジブリの決定的な転換点となりました。宮崎駿が『風立ちぬ』を撮って引退を発表し、高畑勲が8年かけた『かぐや姫の物語』を78歳で完成。日本のアニメーションを画す一つの偉大な時代が終わったといえるでしょう。
高畑勲、宮崎駿の名前を冠さない、初めてのジブリアニメは、10代の少女を主人公としているところは共通していても、初めてのダブルヒロインで、ヒーロー役がいないという冒険に挑んでいます。
主人公の2人はジブリアニメ風に見えます。しかし彼女たち、高畑、宮崎アニメのたくましい少女と比べると、線が細いし。頼りない感じ。アクションが少なく、ジブリのお家芸の飛行シーンもなく、魔法めいたことも登場しない本作は、従来のシブリファンに受け入れられるだろうかと心配になってきます。けれどもジブリという先入観をなくせば、前作の「アリエッティ」でも見せてくれた米林監督の優しさにすごく癒される作品なのです。ぜんぶん
杏奈は自信がなくて感情も表しません。「自分が嫌い」とまで言うものの、どうしていいか分かりません。そんな無力さを自覚する等身大の現代少女に感情移入してしまう人は少なくないでしょう。一方お嬢様のマーニーだって両親は不在がち、世話を焼くのは意地悪なばあや。満たされない思いを抱えていました。およそアニメのヒロインらしからぬふたりの設定が、ジブリ目当ての観客に受け入れてくれるかどうか心配になります。
たけど圧倒的なのが、穏やかな画面を支える精緻な背景描写。
何よりも目に飛び込む緑に水面が映え、太陽や月が照らす光景は息をのむ美しさです。建物や小道具は細部に至るまで精密そのもの。写実的な表情や動作は、杏奈とマーニーに奥行きを与え、手をつなぎ抱き合う2人は肉体を感じさせてくれます。肌の温もりや息づかいまで感じさせてくれるのです。余談ですが鉄道マニアなら、安奈が乗車する特急車両のリアルな質感に驚かれるでしょう。
特に印象的だったのが料理の場面に出てくる赤いトマトの鮮やかさ。そのみずみずしさに米林監督の底力を感じます。まるで実写映画みたいな、あかね雲の入り江から広がる夕方の海などの長回しで映し出される情景描写も印象的でした。水辺に足を浸したときの冷たさなど、五感に訴えかけてくる表現も秀逸です。
但し、ストーリーが淡々と流れるため、子供たちには退屈かも(^^ゞ
物語は、幼くして両親を失い、養父母と暮らしてきた12歳の杏奈は、あることが原因で心を閉ざしてしまいました。表向きは“普通”な顔をしていても、持病のぜんそくが悪化するなど、内なる葛藤は隠せません。札幌にある自宅を離れ、養母の親戚が住む海辺の村で療養することになのます。
そこで彼女の心を引きつけるのが、入り江に面して立つ無人の邸宅、通称“湿(しめ)っ地屋敷”。安奈は、その屋敷を「見たこともないはずなのに知っている気がする」というのです。
お祭りの夜、地元の中学生と衝突した杏奈は海辺へ飛びだし、そこで廃屋となった洋館から飛び出してきた金髪の少女と出会います。マーニーと名乗るその少女と杏奈は、なぜかすぐ仲良くなります。
自分たちの仲を秘密にしながら、たがいの心のなかをうち明けるようになる。杏奈とマーニーの過去は思いもかけぬかたちで絡みあっているのでした。
原作を英国から現代日本に移植した物語は、骨組みだけを見れば、「出生の秘密」がネタとなっている古色蒼然の物語として、非難轟々となるかもしれません。それでも、誰かに愛され、自らも愛する喜びを再発見し、自分の殻を破っていく杏奈の物語は、実は、誰にとっても切実で親密な大冒険として受けとめて欲しいと願います。そして時空を超えた因果のつながりの中で、杏奈を導く愛の力を感じてもらえたら、きっと見ている人の孤独感も癒されることでしょう。
安奈とマーニーが、ふたりで過ごす時間のひそやかな美しさは、実写と異なるアニメでしか不可能なイメージの感触が結晶したものと特筆しておきます。
最後にひと言。製作過程で宮崎氏の“政治介入”があったとか。
米林監督に宮崎氏が、何度もホワイトボードに自分のコンテを描かいて、『舞台は瀬戸内で和洋折衷の屋敷があって』と熱心に自説を主張したそうです。でもそのイメージを聞くほどに、どうしても『崖の上のポニョ』そのものになっていたそうなんです。最終的にスタッフで話し合い当初の予定通り、北海道のイメージで行こうと決めたそうです。
老害は、去るのみですね(^^ゞ