「「テセウスの船」「スワンプマン」のクレしん的解釈」映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん といぼさんの映画レビュー(感想・評価)
「テセウスの船」「スワンプマン」のクレしん的解釈
「オトナ帝国」「戦国大合戦」に次ぐ感動映画として、しばしば名前が挙げられる今作。
クレしん映画は「大人が観ても楽しめる子供向けアニメ映画」として映画マニアの中でも有名で、中でも名作と名高い「オトナ帝国の逆襲」は、「子供の付き添いで一緒に映画を観ていたお父さんが全員泣いていた」なんてことを、評論家の岡田斗司夫さんもおっしゃっていました。
今作も「家庭内で肩身の狭い父親」がフィーチャーされたり家族のあるべき姿について言及した大人向けの側面と、とことん振り切ったおバカなコメディという子供向けの側面を併せ持った映画だったと感じます。
あと、声優オタクである私としては今は亡き藤原啓治さんの演じる野原ひろしとクレヨンしんちゃんから退いた矢島晶子さん演じるしんのすけの声を聴けるだけでも普通に泣きそうになります。
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野原ひろし(藤原啓治)としんのすけ(矢島晶子)の二人が映画を観た帰り、ひろしはしんのすけを肩車した拍子にぎっくり腰になってしまった。身動きができない状態では家庭内での居心地が悪く、病院に行くと言ってひろしは家から出た。目当てだった整骨院が定休日だったので帰ろうとすると、道端でセクシーな女性が新しく開店したメンズエステの呼び込みをしており、「無料で施術できる」「腰痛も治る」ということでひろしはそのメンズエステ店で施術を受けることになった。施術が終わると、ひろしはロボットに改造されていたのだった。
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あらすじだけ見ると実に荒唐無稽です。多分他のアニメでこんな荒唐無稽な設定があると「なんでやねん」と突っ込みたくなりますが、この映画はこれまでもかなり荒唐無稽な映画が作られてきた「クレヨンしんちゃん映画」なのです。観客の中にはこの程度では違和感を感じないくらいの下地ができあがっています。
この映画の中で描かれている家族愛の素晴らしさについては多くのレビュアーさんがおっしゃっていますので、私はこの映画で描かれている「本物と偽物論」について語りたい。
「テセウスの船」という話をご存知でしょうか。
古代ギリシャのテセウスという人物が、自分が所有する船の古くなったり損傷した部分を新しい部品に交換した。何度も交換しているうちに船の部品は全て新しい部品に置き換えられた。最初の部品が1つも残ってないテセウスの船は、元の船と同一のものと呼べるのだろうか。というパラドックス問題。
今作「ロボとーちゃん」でも作中で「人格や記憶だけが残った全身機械のひろしは元のひろしと同一か」という疑問が投げかけられる場面が何度かあります。ロボットとなったひろしに対して「カッコいい」と肯定的なしんのすけとは対照的に、みさえはロボットのひろしを受け入れられず、家の中に入れずに外で生活させていました。
そして後半には本物のひろしが登場し、「実はロボトーちゃんはひろしの記憶をコピーしただけの偽物だった」と判明します。ここからは「テセウスの船」というより「スワンプマン」が近いかもしれませんが、二人のひろしが「自分こそ本物のひろしだ」と言い争いを繰り広げます。ロボとーちゃんが周りの人に受け入れられ始めたタイミングで本物のひろしが登場するのはニクい演出ですね。
RADWIMPSも「僕の何が残ってれば僕なのだろう」と歌っていますし、西尾維新の物語シリーズでは「本物と偽物、どちらが良いか」という議論が交わされるシーンがありますし、「怪物王女」という漫画では同一の記憶を保持した王女が現れ、「どちらが本物か」と議論するという回が登場します。
何を以て「本物」と解釈するのか、何を以て「偽物」と判断するのか。
この問題は古代から散々議論されている答えの無い問題ですが、今作「ロボとーちゃん」では「クレしんとしての解答」をきちんと提示していたところは非常に良かったと思いますし、その解答がラストシーンの感動に繋がっているので、それもまた素晴らしいと思いました。
しかしながら、映画内で終始「おバカギャグ」が多用されるのは私の好みから外れていました。真面目なシーンでもギャグが挟み込まれたりして、そこがどうしても気になってしまったのです。
例えば、同じくロボットバトルがラストシーンにあるクレヨンしんちゃんの「温泉わくわく大決戦」では敵の操る戦闘ロボットと白熱したバトルが繰り広げられ非常に見応えがありますが、今作ではロボットバトル中にちょいちょいギャグが挟み込まれていたりして非常にテンポが悪く、私は白けてしまいました。小学生くらいの子供だったら畳み掛けるようなおバカギャグに大爆笑だったのかもしれませんが、大人が一人で観ているのは正直キツイですね。
クレヨンしんちゃん特有のおバカギャグ映画だと分かっていたら面白い作品だったと思います。しかし私は「オトナ帝国」「戦国大合戦」のような感動作品だという事前情報のせいで、イマイチおバカギャグに乗れませんでした。非常に残念です。でも面白かったです。