「迷いもがくほどに魔物と化す」プリズナーズ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
迷いもがくほどに魔物と化す
いやあ、怖かった。そして面白かった。
語り口が淡々としているので中盤辺りで
ウトウトしてしまったシーンもあったが
(最近仕事のせいか眠気がヒドイ)、
物語が進むほどに恐ろしさがジリジリと
増していく、上質なサスペンススリラーでした。
雪のようにしんしんと、冷え冷えとしていて、
身も凍るような恐怖の瞬間も幾度も訪れる。
他の方も書かれているが、この雰囲気は
『ゾディアック』や『羊たちの沈黙』
といった過去の秀作・傑作スリラーのよう。
* * *
容疑者アレックスの拙い語り。
地下室のミイラ死体。
奇妙なペンダント。
真夜中の侵入者。
失踪した老婆の夫。
蛇。
円形の迷路。
逃げ延びた少女の言葉。
散りばめられた点と点とが少しずつ線で
繋がっていき、その度に背筋を悪寒が走る。
しかもこれだけヒントを散りばめながら、
事件の全貌は最後の最後まで見えない
という巧みな脚本もスゴい。
遂に真犯人が明らかになった時の衝撃たるや!
* * *
ミステリとしても優れているが、
テーマの部分も興味深い。
怒りと焦りに心を囚われ、
モラルのタガが外れていく父親ケラー。
事件に翻弄されて自制心を失う刑事ロキ。
普段は善良で温厚な人間も、心の牢獄のような
この八方塞がりの状況に追い込まれれば、
一体どう変わってしまうのか?
僕らの被ったモラルの皮の下には
一体どんな怪物が潜んでいるのか?
* * *
犯行動機などについての自分なりの考察。
(このパート、長いので興味のない人は
*と*の間を読み飛ばしてください)
表情ひとつ変えずにあの老婆は語った。
「これは神との戦いなのだ」と。
あの老婆(達)の目的は、
子どもを殺すことではなかった。
子どもを救おうと必死になる人々を
焦燥と苦悶という感情の牢獄に閉じ込め、
彼等を恐ろしい“魔物”に変える事。
神の慈愛を信じる人間を堕落させることで、
神の威厳を失墜させる事。
それが彼女の『神との戦い』だったと思しい。
老婆がケラーに語っていた事が真実なら、
彼女とその夫もかつては
熱心なキリスト教徒だったようだ。
だが息子の事故死をきっかけに彼女らは変わった。
息子を奪い去った神に対し、
彼女らは激しい疑念と憎悪を抱いていた。
ケラーは彼女に己の信仰を試されたとも言える。
冒頭で神への感謝と祈りを口にするケラーだが、
娘の失踪そしてアレックスへの拷問によって
彼は神への信仰を殆ど失いかけてしまっていた。
僕のような無神論者にとっては、ハッキリ言って
神への信仰など大した問題ではない。だが、
信じる人々にとってそれは人としての徳を説き、
人生の理不尽さに耐える為の大切なものだ。
形はどうあれ誰もが自分なりの信仰のような
ものを持っているものではないだろうか?
それを取り上げられる事は、生きる術を
破壊されるのに等しい残酷な事だと思う。
だが、ケラーは赤い笛を見つけた娘の夢を見た。
そして、地下で偶然にも同じ赤い笛を見つけた。
ケラーにとってそれらは、娘の生存を伝える
神からの啓示のように思えたに違いない。
最後、ケラーは再び神への祈りを口にする。
「神よ、あの子を救いたまえ」と。
彼はぎりぎりのところで信仰を
取り戻せたのだろうと僕は考えている。
* * *
だが……
考えるも恐ろしいのは、短い人生において
2度も理不尽な暴力に晒されたアレックス。
彼は果たして、その後の人生を
何の問題もなく過ごせるのだろうか?
主人公の行為によって彼が今後、あの
模倣犯テイラー以上に歪んだ存在と
化してしまう事は無いのだろうか?
人生を歪められるほどの――人の善良さを
一切信じられなくなるほどの――理不尽な暴力。
ゾッとするが、そんな暴力に晒される事は、
誰にでも起こり得る事なのだと思う。
……願わくば、なるべくそんな目には
遭わずに人生過ごしたいもんですが。
<2014.05.10, 24>