マイ・マザー : 映画評論・批評
2013年11月5日更新
2013年11月9日よりアップリンクほかにてロードショー
19歳にしてすでに洗練されていた独自の視点とセンス
天才の出現をリアルタイムで目撃する興奮ははかりしれないが、その桁外れの才能を知ったうえで原点に触れると、その興奮はより高まる。「わたしはロランス」で日本にも衝撃を与えたグザビエ・ドランの監督デビュー作「マイ・マザー」は、そんな体験に陶酔させてくれる傑作だ。
「わたしはロランス」にも母と息子の確執が描かれていたが、ここで描かれるのは“母殺し”。「私は母を殺した」を意味する原題や、母親殺しのサスペンスを予感させるコピー、さらにはモノクロのビデオ映像が不穏な空気をかきたてるなか、10代の頃に誰もが抱く親への嫌悪感を募らせる主人公ユベールは、多感な年頃らしい方法で母親を殺すのだ。
だがドランは、少年犯罪ドラマではなく、誰もが経験する成長のためのイニシエーション(通過儀礼)を描いた。ゲイであるユベールのキャラクターには多分にドラン自身が反映されているようだが、母親の食べ方や話し方まで癇に障るユベールの態度に、忘れていた自分自身の10代の頃の記憶が蘇って、胸がざわついてしまうはず。
くすんだ色調の世界の随所に鮮やかな色彩を挿入し、感情の高まりをスローモーションの心象風景で表現する映像&音楽センス。サスペンスフルな空気が“母親殺し”とその結果として気づく母への無意識の愛を際立たせるストーリーテリング。どれもが初監督作にしてすでに洗練されていることだけでも驚きだが、ドランが凄いのは母親の痛みや優しさも描き、19歳ながら若者のひとりよがりで終わらない視点の持ち主だったということ。古(いにしえ)から語り続けられてきた題材を知的で洗練されたスタイルで描き出すドラン。その才能に興奮すること自体も、この作品の醍醐味だ。
(杉谷伸子)