劇場公開日 2014年3月15日

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あなたを抱きしめる日まで : 映画評論・批評

2014年3月4日更新

2014年3月15日よりシネスイッチ銀座、Bunkamuraル・シネマほかにてロードショー

乾いたユーモアと冷静な批評精神をにじませた人間ドラマ

どんな人生にもユーモラスな瞬間は存在する。本当に優れたドラマは、それを思い出させてくれるものだ。

あなたを抱きしめる日まで」という、いささかベタな邦題のイメージに反して、本作は乾いたユーモアと冷静な批評精神をにじませている。1950年代、アイルランドの修道院でむりやり息子を里子として売りに出された母親が、50年を経た後、人生最後の望みをかけて行方知れずとなった息子を探し始める。ストーリーは、主婦フィロミナの実話。ふつうならじっとりとセンチメンタルな映画になるか、あるいは当時の修道院の、信じ難い営利行為を糾弾するような社会派映画として描かれるところだ。だがこれはそのどちらでもない。純真な少女のまま年を経たような信心深いフィロミナと、彼女の息子探しを手伝ってキャリアを挽回しようとする、酸いも甘いも噛み分けた元エリート記者のマーティンという、対照的なふたりの掛け合いが笑いを誘う。たとえば、「もしも息子が戦死していたり、肥満だったら?」「なんで肥満だと?」「だってアメリカ育ちよ!」といったやりとり。

こういう皮肉の利いたユーモアをさらりと見せるあたりはスティーブン・フリアーズ監督の得意とするところだが、今回の最大の貢献者は共同脚本家であり、企画をフリアーズに持ち込んだマーティン役の俳優スティーブ・クーガンだ。地元イギリスではスタンダップ・コメディ出身の人気者。彼の対象に対する一定の距離感や、深刻ななかにときおり笑いを交ぜるさじ加減は、シニカルな観客にも微笑みをもたらす。どこかとぼけた味を残す彼と、世間ずれしていないフィロミナをチャーミングに演じるジュディ・デンチの掛け合いも非の打ち所がない。

ラストのフィロミナの選択は、あまりに気高く、慈愛に満ちている。我々はここであらためて彼女の人間としての非凡さに気付き、襟を正す思いをするのだが、そのときはすでにフィロミナを聖人ではなく、愛おしい隣人のように感じているだろう。最後まで心憎い演出である。

佐藤久理子

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