「ウェストリーについて」悪の法則 杉田協士さんの映画レビュー(感想・評価)
ウェストリーについて
ブラット・ピットが演じたウェストリーについて。
ここにあるレビューを拝読して、誤解もあるようなので記します。
ウェストリーが最後になぜマルキナによってあのような陰惨な手段で殺されたかというと、ウェストリーがマルキナを出し抜いたからです。
映画後半でのマルキナの電話の相手が誰であるかは示されませんが、(麻薬が)どこに運ばれるかは分かっていると、感情的にマルキナが伝える相手はウェストリー以外にはありません。麻薬組織の手によってではなく、マルキナによってウェストリーは殺されるのですから。
ウェストリーから奪ったPCの画面に写し出される銀行口座には、おそらく報酬の2000万ドルが振り込まれているでしょう。
シカゴに届くまでに麻薬を奪い返すことはできないと悟ったマルキナは、即座に考え方を変えて、ウェストリーの口座自体を狙ったのです。
ウェストリーは、もしものことがあれば修道院にでも入るなどと冗談を言っていましたが、元々計画していたかのようにロンドンに降り立ち、リムジンに乗り、ひっそりと身を隠すでもなく堂々と高級ホテルに入り、受付で女性を口説いていることからも、足を洗う気などなく、まだ計画が進行中であることがわかります。うまく出し抜いて、大金が入り、気持ちも緩んでいるように見えます。
唯一ウェストリーが感情的になるのは、登場の最初のシーンで、カウンセラーの口からマルキナの名前が出たときです。もしかしたら、サングラスを外したときに見える目元の痣は、マルキナ絡みのものかもしれません。マルキナの計画を一緒に進めていた、もしくは何らかの事情で知っていたウェストリーが、マルキナが奪った下水処理車をさらに奪ったのです。
最後に登場する投資コンサルタントの男性の元々の顧客はウェストリーでしょう。ウェストリーはこの世を去り、代わりにマルキナが現れた。彼はマルキナと組むしかなく、だから、あのような探り合いの会話になるのでしょう。
これから始まる殺し合いは、元の組織と、ウェストリーが裏で組んだ組織、マルキナが率いている組織によるものと推測されます。マルキナが裏で動いていたことが判明する可能性は大きいので、アメリカには戻らないのでしょう。おそらく香港でもない。
バイカーが殺されたあと、ウェストリーがカウンセラーをわざわざ呼び寄せて助言をしたり、アメリカからの去り際に再び電話の相手をしているのは、自分が裏で動いていることのカムフラージュだと考えられます。多少の良心の呵責もあったのかもしれません。最初からウェストリーは、カウンセラーに助言のようなことをしていますから。目の前の男の行く末を、最初から知っているのですから。
この作品でもっとも惹かれたのは、メキシコの国境近くのカフェで、カウンセラーと店主が話すシーンでした。妻も娘もなくして生きている自分がもっとも無意味な存在だと語る彼に、カウンセラーのその後を見るようです。映画では描かれることがない、10年、20年先を生きているカウンセラーの姿。国境の外れにある町の片隅の小さな店で、寝入ってしまった客を起こし、食器を片付け、シャッターを閉める、次の朝にはまたそのシャッターを開け、その繰り返しのなかでただ時間が過ぎるのを待っている。
最後に余談です。
カウンセラーは、ローラのスナッフフィルム(DVD)が届くことで絶望のどん底に落とされますが、それ以上のどん底が、10年以上前の日本映画に映っています。
哀川翔・香川照之主演、黒沢清監督の『修羅の極道 蛇の道』。
どうやら規定でリンクが貼れないようです。
この映画、おそろしいですが、おそろしいくらいおもしろいです。
もしもリドリー・スコット監督が『悪の法則』の制作前にこの作品を見ていたら、きっと脚本に手を入れ直していたでしょう。