「陽光きらめく地獄へようこそ」悪の法則 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
陽光きらめく地獄へようこそ
全米での収益の悪さに加え、ここでの不評の嵐を見て
よっぽど不出来な映画なのかと思っていたが、
個人的にはかなり面白く見ることが出来た。
いや、まあ、確かに話のスジは追いにくい。
僕自身、完全に物語の流れを理解できた気はしていない。
主人公があの死刑囚と出会った経緯とか、バイカーと
主人公のつながりは偶然だったのか謀略だったのかとか、
あのメキシコの弁護士を主人公が頼った理由とか、
最後マルキナが談笑していた男の正体とか。
だが、何が起こっているかは十分理解できる。
主人公とその周囲の人間が、自身の欲望とひとりの
貪欲な女によって地獄に叩き込まれるまでの物語だ。
* * *
マイケル・ファスベンダー演じる主人公が憔悴し、
絶望する様。取り戻しのきかない人生の無慈悲さを
語るダイアローグの数々。
一般人には狂っているとしか思えない裏社会での
流儀の恐ろしさ。じわりじわと主人公たちを
追い詰めるカルテルの、濁った空気のような存在感。
淡々としていながらもサスペンスフル。
ブラッド・ピットが殺害される直前の、
視界を極端に狭めたようなカメラワークなんて、
特に緊張感に満ちていて素晴らしい。
そしてこの監督ならではの、
コントラストが映える映像も見事なものだ。
砂漠の殺伐とした空気、渇ききった強烈な陽光、
青白い石壁の冷たさ、夜の闇の底知れな い深さ。
特筆すべきは終盤付近。
いよいよ追い詰められた主人公が彷徨う怪しい街並みは、
陽光きらめく冒頭とはまるで別次元の淀んだ暗黒世界。
D・クローネンバーグ監督作品にも通じるような、
現実と薄皮一枚隔てただけの空間に存在する悪夢だ。
* * *
キャラクターも魅力的。全員について触れるのはやめるが、なんといってもC・ディアス演じるマルキナが絶品。
いつか他のレビューでも書いたが、R・スコット監督はとある
雑誌のインタビューで「銃が好きだ」と語ったそうだ。
「銃は存在自体が機能だ。一切の無駄が無く、だから美しい」
本作でその“機能美”の象徴として登場するのは、豹だ。
獲物を追う事に特化した豹のしなやかな動作。
優雅さと残忍さを併せ持つその容姿。
豹柄のタトゥーを入れ、常に腹が空いたとのたまう
マルキナは、いわば底なしの胃袋を持つ豹だ。
まさしく獣の如き冷酷さで己の腹を満たそうとする。
獲物を取り逃がしても、すぐ次の獲物を狙おうと貪欲に動き続ける。
映画内で誰よりも優雅に立ち回る彼女は、
美しいほどに磨き抜かれた悪だ。
残忍な獣は、獲物をなぶって遊ばずにはいられないのかも
しれない。マルキナや麻薬カルテルの人間たちは、
ある意味で人の生死の価値を一般人よりもよく理解している。
自分の命は死んでしまえば無価値だが、親しい者の死には
とてつもない哀しみと恐怖が伴うということを。
主人公はあの結末の後で殺されるだろう。だが、
あのふざけた挨拶の記されたDVDを目にした時点が、
彼にとっての絶望のピークだったのだと思う。
* * *
思うに、『豪華スターを配したハリウッド大作』と
認識されなければ、本作がここまでの低評価を受ける事は
無かったのではないか。
一から十まで見せないと納得がいかないという方には
この曖昧なストーリーは不満だろうし、
バイオレンス描写や派手なドンパチが好きな方にも
全く食い足りない出来だろう。
宣伝で『悪の法則を操るのは誰か?』という
コピーを印象的に用いたのも不味かったと思う。
このコピーでは大部分の人間が、犯人探しや
ドンデン返しありきのサスペンスを期待してしまう。
主人公を窮地に追い込んだ一番の悪党がマルキナで
あることは開始30分で分かってしまうのに、である。
* * *
個人的な不満点もここで挙げておこう。
主人公の背景や麻薬ビジネスに手を染めようとした
動機についてだけは、もう少し明確に描いてほしかった。
主人公の転落と絶望を描くなら、落下開始地点の彼を
描くことは不可欠だったと思う。
恐らくは単に金銭欲からか、恋人との生活を維持するのに
金が必要だったのか、あるいはその両方だとは思うのだが。
それと豪華キャストの中で、ペネロペ・クルスだけは
別のキャストの方が良かったんじゃないかな。
情熱的な役柄の多い彼女にしては、今回はおとなし過ぎる
というか純情過ぎるというか。
どうも彼女のイメージにそぐわない感じを受けたし、
周りのキャラも強烈過ぎて霞んでしまって見えたかな。
* * *
だが、ハリウッドエンタメのようなストレートな面白さを
期待さえしなければ、本作はかなり面白いと思う。
この映画の肌触りは大作映画ではなく、
インディーズ映画のそれに近いのだ。
コーマック・マッカーシーの著作は読んだ事が無いが、
この映画からは長編小説ではなく詩のような匂いがする。
こちらから理解を求めなければ意味を掴めない、
一種突き放したような抽象性。個人的には
そのぼんやりとした雰囲気も魅力だと感じる。
* * *
主人公がダイヤを購入しようとするシーン。うろ覚えだが、
ダイヤの鑑定士とこんなセリフのやり取りがあったと思う。
「あなたの眼からすれば、このダイヤは最高級ではない?」
「私に言わせれば、どんなダイヤにも違った魅力があります」
完全無欠のダイヤにこだわらず、多少の雑味が付いていようが、
身の丈に合ったダイヤで満足するべきだったのだ。
それ以前に結婚を約束できる恋人がいて、
その人にダイヤを買うことが出来るというだけで
十二分に幸福だと思い直すべきだったのだろう。
強欲な者は、さらに強欲な者に狩り殺される。
金儲けの世界においてはそれが摂理なのかもしれない。
そりゃお金は欲しいけど、この無慈悲な食物連鎖、
できれば参加せずに済まして生きたいすね。
判定3.5~3.75といった所だが、
作品を擁護する意味も込めて4.0判定で。
面白かった!
〈2013.11.17鑑賞〉