「暗がりに輝く光」そこのみにて光輝く しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
暗がりに輝く光
仕事の事故で可愛がっていた部下を喪くしたショックを引きずり、死んだように生きている達夫(綾野剛)は、パチンコ屋で拓児(菅田将暉)と出会う。達夫は拓児にタバコの火を貸す。ただそれだけで、拓児は達夫を自分の家に誘う。拓児はそれほど人懐っこく、そして底抜けに明るい若者だ。
拓児の家は海岸近くのバラックで、そこには病気で寝たきりの父と母、そして姉の千夏(池脇千鶴)が暮らしていた。
拓児は傷害事件を起こして刑務所にいたが、いまは保護観察の身。千夏の愛人で町の有力者の中島は拓児の引受人になり、自分の会社で拓児を働かせている。
千夏は水産加工場で働くが、それだけでは家族を支えられず、夜の町で身体を売っていた。
綾野剛、菅田将暉、池脇千鶴、この3人が本当に素晴らしい。
達夫は拓児の明るさに救われ、拓児も達夫を慕う。そして達夫と千夏は愛し合うようになる。まわりから見たら、ひどい日常かも知れない。しかし、そこに光はあるのだ。
それは、お互いからしか見えない光だ。
終盤、達夫と千夏が達夫の部屋でスイカを食べているシーン。達夫は元の仕事に戻ることを決めた。千夏が言う。
「戻る前に亡くなった人のお墓参り行こう」
達夫はしばらく何も言うことができない。沈黙の後「ありがとう」とだけ言い、千夏の胸に顔をうずめる。
沈黙の長さ、短いセリフ、そして嗚咽。お互いがお互いを、どれだけ必要としていたかが伝わる。そして、この後2人は結ばれる(このシーンも素晴らしい!)。
映画は、達夫の元に彼の妹から手紙が届くシーンで始まる。妹は亡くなった両親のお墓の心配をしている。妹はすでに嫁いでいる。そして、達夫がお墓の問題に無頓着なのは、家族がいないからではないかと指摘する。
家族は面倒だ。
千夏は父の病気のために家を出ることも出来ず、そして身体を売っている。保護観察中の弟も心配だ。
千夏は達夫との結婚を決め、愛人の松本と別れようとする。松本は、地元企業の社長で周囲には鷹揚な態度を見せるが、実に“小さい”男で、拓児の雇い主でもあり、彼の保護観察の引受人の立場でもある利用し、千夏との関係を続けようとする。千夏が身体を売るほど困窮していることには手を貸さないクセに、だ。
千夏を巡って達夫と松本が争いになる。
殴り合いのあと、達夫が言う。
「家族、大事にしたらどうですか?」
松本が返す。
「大事にしてっから、おかしくなんだべや」
千夏は家族に縛られている。そもそも弟のことがなければ松本との別れ話も簡単なはずだ。
千夏は元気だった頃の父との思い出を大事にしている。しかし、重荷に耐えられず、千夏は父を手にかけようとする。駆け寄って達夫がそれを止める。
千夏の「今の」家族は大変だ。しかし、達夫と育むのは「新しい」家族だ。
終盤、もう一度、達夫の元に妹から手紙が届く。妹は達夫の結婚を祝福する。
ラスト、父の部屋から飛び出した千夏。彼女を追う達夫。2人を巡ってカメラはパン、そしてフレームは遠くに太陽を捉える。手前に立つ2人。そう、太陽は眩しくも2人を照らしている。
この後も、決して楽ではないだろう。しかし、彼らはお互いの存在に光を見出すことによって、生きていけるだろう。そういう希望を感じさせるラストシーンだ。
泣いていた千夏、こわばった顔の達夫だが、2人は僅かに表情を緩める。
綾野剛のインタビューより。
「この人たちはこの先も生きていくだろうと伝えることが、一番重要なんだと思います。」
暗いから、そこで輝くもの、それが光なのだ。