天心 : インタビュー
「アドリブは一切ない」竹中直人が体現した「日本近代美術の父」岡倉天心の理想
法隆寺や興福寺の復興、東京藝術大学、日本美術院の創立に尽力した岡倉天心の生誕150周年、没後100年の節目を記念した映画「天心」(松村克弥監督)が11月16日から全国公開する。「日本近代美術の父」といわれた天心の半生を演じきった竹中直人に話を聞いた。(取材・文・写真/編集部)
天心は明治初期、廃仏毀釈が高まり、仏寺や伝統美術の消失の危機に、アーネスト・フェノロサと日本美術保護のために奔走。その後、東京美術学校(現・東京藝術大学)校長に就任し、横山大観、下村観山、菱田春草ら弟子たちの育成に尽力するが、西洋画派との対立により、辞任。その後、日本美術院を立ち上げるが、経営難に陥る。そして、新天地を求め、茨城県五浦(いずら)海岸に「六角堂」を建設。弟子たちとともに壮絶な創作活動に没頭していく。
荒々しい波が打ち寄せる五浦の六角堂で、天心の指導の下、大観(中村獅童)、春草(平山浩行)らはそれぞれの芸術表現を追求する。経済的に困窮する弟子に向ける天心のストイックで厳しい姿勢に驚かされるが、「近代美術を大切に思い、弟子たちを見る眼差しが厳しく、残酷でもあるのですが、そこには強い信頼関係と愛が存在したのだと思います」と、理想の日本の美を追う男たちの師弟関係を語る。
「演じていて楽しかった」という天心役。「大観や春草の後ろを彼らの描く絵を見ながら歩くシーンが一番印象に残っています。僕も美大でデッサンしていたころは、後ろに先生が来て、何か言ってくれたり、くれなかったりで緊張したことを思い出しました。大げさな言い方かもしれませんが映画的なシーンとして印象に残っています」と自身の経験も重ね合わせ、とりわけ気に入った場面を挙げる。
劇中では、東京美術学校を設立した男爵九鬼隆一の妻・波津子との道ならぬ恋という、私生活の一面も描かれる。「基本的には近代美術への天心の思いというのが中心になっていますが、女性に対してどう対じしていたのかも気になります。あれだけ大胆な不倫をしている訳ですから、そこをもうちょっと掘り下げても面白かったかもしれないですね」と天心のもうひとつの顔への興味をのぞかせる。
これまで歴史上の人物を多く演じているが、あらかじめ人物に対するリサーチなどをすることはないという。「何も用意せず、その場でぱっと入っていきます。台本もその場で覚えるんです」といい、「あらかじめこういう話だなって理解して演じるのが好きじゃないんです。脚本を読んで面白いとかつまらないとか差別したくないんですし。脚本は作品の土台なので無視はしませんが、本番に入ったときにどれだけ集中できるかという緊張感が好きなんです」と役者としてのこだわりを明かす。
今作でとりわけ気をつけたことはせりふ回しで、文献から引用された天心の生の言葉の数々に圧倒されそうだ。「天心の言葉は一つ一つが深くて力強いので、一言一句間違えてはいけないという意識が強かったです。それを的確に伝えないと天心というキャラクターは、成り立たないと思いました。今回アドリブは一切ないですから。『俺は霧の向こうを見てみたいんだよ』なんて言葉に酔っちゃったところもあります。先に映画を見た友人にはぜんぜん笑うところがなかったと言われましたが、俺だってたまにはそういう芝居するんだよって伝えました」
天心が建設した「六角堂」は、今作撮影準備中の2011年に起こった東日本大震災により海中に消失したが、2012年に復興のシンボルとして樹齢150年の杉を使って、当時の姿をそのままに再建された。