「バージルに感情移入すると危険」鑑定士と顔のない依頼人 dandaraさんの映画レビュー(感想・評価)
バージルに感情移入すると危険
驚愕、啞然。こんな結末があっていいのか。 「ハッピーエンドと受け取るか、アンハッピーエンドと受 け取るか分かれる」とある批評に書かれていたが、いやー これはハッピーエンドとは受け取れない。 だってバージルは偏屈で一種の変態かもしれませんが、孤児院育ちで地道に努力して自力でここまでの地位を築いた のですよ。 そりゃ例え違法スレスレ(というか違法なのか?)に自分の審美眼にかなった絵画を落札させていたとしても、それ は彼以上の目利きが周囲にいなかっただけの話で、あんな仕打ちをうける謂われはない。 むしろ真の理解者にこそ絵画を所有する権利があるともいえるだろう。
主犯に違いないビリーは自分の才能を認めてくれなかった バージルに恨みを募らせていて、虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのだろう。 機械工ロバートは「本物のクレア」の口述によると「映画関係者」ということだが、「カモにするための家探しが可能」という点で、これは額面通り受け取っていいのかもしれない。
そして「クレア」「管理人」もグル。 ビリーが彼らとどこで知り合ったかは、もう本当に想像に任せるしかないのだが、まあよくこんな手の込んだ芝居をうったもんだ。
バージルを夢中にさせたカラクリ人形は、偽物だと看破されてしまうので、本物なのだろう。 あの人形だけ残したのは、皮肉というかせめてもの手向けなのか。
例え偽りだったとしても、バージルが束の間得た幸せは得難いものだったに違いない――。 上記は「ハッピーエンド」派の救いを求めるような理由の根拠。 ですが、現実から逃避し、その偽物の思い出に閉じこもる事がバージルにとっての新しい「幸せ」だとは、やっぱり到底思えない。
「ホテルのように居心地の悪い家を、本物の家にして欲しい」 映画史上ぐっとくるプロポーズを決めたバージル。
ビリーの絵画を持って、まだ一縷の希望をもってプラハへ 赴き、「ナイト&デイ」で「連れが来ます」と告げるバージル。 切なくて胸に鉛が乗ったような苦しさを感じました。
ここまで書いて私はとんだ批判をしていると思うだろうが、映画の質は高いと思う。 ただ、受け手があまりにバージルに感情移入してしまうと、上質なクライムサスペンスから、救いようのない老紳士の破滅物語に転じる。
クレアは実はビリーの娘というシナリオで、最初は父の片棒かついでバージルを騙して絵画をごっそり頂いてしまったけど、最後に戻ってきて謝罪し、「これからは本物の女である、私を見て」と言ってバージルも納得するという勝手なハッピーエンドを妄想しましたよ。 エンドロールに入ったときに、本当にこれで終わりにしないで!と心中叫びましたよ。
本題に戻すと、バージルはもう少し「生身」の人間を大切にすればよかったのだろう。 30年間バージルがほぼ無関心だった秘書が最後に世話しているのを見て、一緒に過ごした年月というのが本当の信頼の証しなのだなと少しホロリときました。