「じぇじぇじぇ!」鑑定士と顔のない依頼人 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
じぇじぇじぇ!
『ニュー・シネマ・パラダイス』の名匠トルナトーレ監督作品だけに、全体的に映像がシックで重みのある表現。そして人物造形にも監督ならではのウイットを滲ませつつ、個性の深みを感じさせる演出を感じさせてくれました。
なかでも主役に抜擢したジェフリー・ラッシュについては最初からラッシュを念頭に脚本を充て書きしただけに、まさにハマり役の好演。愛とは無縁の気難しい主人公をいかにもそれらしく表現してくれました。
美術品鑑定依頼に絡み、大きな謎が仕掛けられたこの作品は、一見すると美術品に絡む虚々実々の駆け引きがメインのサスペンスに見えてしまいます。しかし、中盤に顔を見せなかった依頼人がネタバレされると、ガラリと映画のルックは表情を変えてしまうのです。60歳を超えた主人公と、27歳の鑑定人が恋に落ちていく展開には、ビックリしました。ただこのビックリは、ラストに「倍返し」となって、さらに驚く結末を迎えるのですが、さすがにこの結末だけは、口が裂けてもネタバレできません。
さまざまな「愛」の形を描いてきた監督が本作で問いかけるのは、“愛を信じられるか”といこと。最後のドンデン返しを見終わったとき、強烈にこの愛を信じてよかったのかどうか、自問自答したくなること請けあいです。皮肉だとも感じる人もいるかもしれません。けれども主人公の天才的美術鑑定士ヴァージルが老いらくの恋に落ち、初体験まで経験する過程を振り返るとき、どうしても愛の実在を強く確信したい気分になってくるのです。そこに監督の狙いがあるのだと思います。
ヴァージルにとって、コレクションの絵画で描かれた女性たちでしか“愛”を信じられなかったのです。女性とは縁遠いばかりか、プライベートでは、誕生日でさえひとりでディナーを迎えることが気にならないくらい、人付き合いを厭う性格の持ち主でした。
ちょっと変わっているのは、仕事柄か、ずっと手袋をしていること。食事中にまで手袋をしているので周りの客が怪訝な顔をするものの、彼にとってはちっとも気になりません。彼にとって手袋というのは仕事だけでなく日々を過ごす大事なパートナーだったのでしょう。ただ色とりどりの100袋近い手袋がコレクションのように綺麗に並べている彼の部屋の光景は、ちょっと変わっている印象を受けてしまいます。変人といってもいい部類の人といえそうです。
そんなヴァージルに、親の遺産で引き継いだ屋敷にある家財の鑑定を依頼してきたのがクレア。彼女も変わっていて、自ら鑑定を依頼しているのに、肝心のヴァージルに会おうとせずドタキャンするばかり。これには怒り心頭のヴァージルでしたが、彼女が心の病気で、恐怖心から人に会えないし、屋敷からも出られないというのです。おそらくパニック症候群なのでしょう。壁ごしに声だけのやり取りをしているうちに、彼女の身の上も知り、次第にヴァージルは、クレアに会ってみたいという衝動が押さえきれなくなります。
いくら人嫌いの偏屈でも、『声だけ』の人物には会ってみたいという好奇心が疼くものです。部屋の物陰に潜んだヴァージルは、クレアをひと目見て、その美貌に息を呑み、老いらくの恋に落ちてしまうのも納得の展開でした。そんなのぞき見がずっとバレないことはありません。ヴァージルが正直に告白したとき、クレアは発狂したように拒絶するものの、そのあとすぐに深い仲になってしまうのは、「人嫌い」という孤独な似たもの同士が引き寄せたからではないでしょうか。ふたりが結びつくまでのシーンは、お互いの孤独が癒される心温まるものでした。シルバー世代の方ならヴァージルが羨ましく感じられることでしょうね。
そんなヴァージルに恋の指南をする仕事仲間の修理工ロバートの存在も、友情を心地よく感じさせてくれました。ところが同居した途端クレアが行方不明になって、ストーリーが急転します。ヴァージルは、ロバートがクレアを隠しているのではないかと猜疑心をいだいてしまうけど、そんな予想を超えて、トンデモないことが発覚するのです。
…じぇじぇじぇ!
本作でも友人の画商ビリー役として登場するドナルド・サザーランドは存在感たっぷり。ハンガーゲームの独裁者役とは雰囲気が全然違います。揺れるヴァージルの心をしっかりサポートしていました。
さらに。『ニュー・シネマ…』と同じく巨匠エンニオ・モリコーネとまた組んおり、衝撃の結末を、哀愁に満ちた音楽で包み込んでくれました。