劇場公開日 2013年12月13日

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「何が”贋”で、何が”本物”なのか?」鑑定士と顔のない依頼人 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5何が”贋”で、何が”本物”なのか?

2021年10月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

怖い

知的

偽物の中にも本当がというけれど…痛い。

愛を知らない寂しさと、愛を知ったからこそ味わう寂しさと、本人にとってはどちらが痛いのだろう。

予告を見て、贋作がらみのサスペンスなのかと思って鑑賞したら、かなりハードな、人間ドラマでした。
 途中の筋が下に記したようにご都合主義的でちょっと唖然と・中だるみしたけれど、終盤、オチが示されてからのラッシュ氏の演技に胸が痛い。『シャイン』『英国王のスピーチ』『バルボッサ』と数ある名演の中でもさらに秀逸。
 他にも、さすがのサザーランド氏も、下の<ネタバレ>に書いたように神レベル。
 と、役者の力で魅せる映画ですが、予告を見てもわかる通り、映像美・音楽で作り出す世界観にも酔いしれます。美術品を扱っているんだから当たり前と言われるかもしれないけれど、屋敷のインテリアが凝りに凝っている。そのくせヴィラは見事な屋敷なんだけれど、庭とかがただの草地で掘っ立て小屋みたい。あれほど、精巧な機械類に囲まれていたのに、出来上がったオートマタの醜いこと。すべてが、監督の想いを物語っているようです。

邦題は、なんのこっちゃと興味を抱かせるにはいいのかもしれないが、原題・英語題の方が含蓄あります。

予告に「結末を知ると、物語の構図は一転する」とありますが、結末を知ってから見直すと、登場人物の言動への理解が幾通りにも広がり、サスペンス以外の映画にも見えてきます。

鑑賞者の価値観・人生観によって評価が変わる。
 ある意味、ヴァージルの成長譚にも見え、ビターなハッピーエンド。
 同時に、人生の悲哀を見る痛切なるバッドエンド。
 ある人に目線を移せば、複雑な心情の中での復讐劇。

 オートマター肖像画ー顔を見せない依頼人…そして主人公の職業・世間的評価。
 真贋とは何なのか。価値とは何なのか。
 人生とは何なのか。成りたいものー成れるものー今の自分。
 自分を取り巻く人々との関係。あの時、ちょっと彼らと話をしていれば…。己への過信。無意識の侮蔑。
 心の中がぐるぐる回る。ラストのオールドマンが心の中から消えない。

★   ★   ★

<以下ネタバレ>

★  ★  ★

 セキュリティを盗んだのは女だけれど、筋書きを描いたのはあの機械工、でもって裏で糸ひいていたのはビリー。
 でなければ、女の母とされている女性の絵の作者がビリーであるはずないし、
 オートマタがあそこに残されているわけがない。

「愛すら偽れる(思い出し引用)」
 ビリーを演じたサザーランド氏が、これまた神。偽りの関係の中に、ヴァージルに向けた本当の気持ちをにじませ、腐れ縁的な”仲間”としてのいつもと変りないやり取りの中に、”虚”を醸し出す。
 この大仕掛けを成功させるべく仕組んでいるのに、いろいろなところで「気づけ」とばかりのサインを散りばめる。それもオチを知った後に鑑賞しなおすと「ああ」と気づく感じ。この怪演があるからこそ、この映画に深みが出る。
 ロバートが、あとで見返すとただの詐欺師にしか見えない(友達の振りして裏切る)のと好対照。
 この対照も狙っての演出なんだろう。

 ビリーの絵をもっとちゃんと見ていれば、あの絵の作者がビリーだってわかって、なんかおかしいぞって気が付いたのに。
 あの屋敷のことを、あそこにたむろしていた人に聞いていれば、なんかおかしいぞって気づいたのに。
 心づくしのケーキすら袖にする、秘書が結婚しているかも知らない、他人にはまったく興味を示さない男が、人間性を取り戻した物語かと思っていると…。
 なんであんな情緒不安定女に、あんなに翻弄されるのかと不思議だったけれど、やっぱり…。脚本のご都合主義にも見えるけれど、オールドマンの女の好みを知り尽くしているビリーが組んでいるのならね、と(ちょっと無理やり)納得。
 「あなたなら高く売ってくれる…」オークションに出される品物に対する評価が上がることだと思っていた。TVの何でも鑑定団の方々に鑑定していただくと箔がつくように。本当の落札主が代理人を雇って落札することはあるらしいから、オールドマンの代わりにビリーが落札するのはありなんだろう。けれども、主催者が代理人を雇っているのがばれたら、落札価格を不当に引き上げる行為とみられてしまう。実際に法に触れるのかはわからないけれど、信用はがた落ちだろう。だから、この言葉でも引っかかっていいはずだけれども、”箔がつく”の方と思ったんだろう。
 私は気が付かなかったけれど、真贋評価を胡麻化して、秘密の小部屋の絵画たちを不当に安く手に入れていることをほのめかすシーンを指摘する方もいる。
 ヴィラの物を勝手に持ち出すのだって”窃盗”だし。
 警察に届けなかったのは…。いろいろな推測ができるし、そのすべてが絡んでいるのだろう。

ビリーを踏みつけにした代償。
 ビリーの恨みに対して、やったことがひどいというレビューも見受けられるが、ビリーにしたら、ヴァージルに人生をつぶされたようなもの。”画家”としての生涯をつぶされ、「共犯」でさえない=単なる作業員としてしかの価値しかないとされ…。機械工にはプライベートを相談するのに、長年組んだビリーには相談しない。人としてすら認めてもらえていない。ならばと、同じように人生かけたものを奪い取り、自分の”共犯”の証を、本来の価値を認める人々の手に渡してなかったことにしようとしたのか。
 オートマタの真贋も、思い上がりへのおちょくり?
 とビリーの立場に立てば、これまでヴァージルが周りにまき散らした人害の代償なのだけれど、生い立ちから人と心を通わすことができない男が、人と心を交わすことができたと思った瞬間と思うとやるせない。恋をした相手だけでなく、プライベートを話した友人みたいな機械工にすら裏切られる。
 ラッシュ氏の演技にズドーンと胸を締め付けられてしまう。

唯一の救いが、執事。自分の仕事を着々とこなすことに誇りを持っていらっしゃるのだろうか。
そして、プラハでの思い出のお店が実在していたこと。否、本当に実在していたのか?オートマタに似たあの変な店。
印象的なラストです。永遠にあの時にとらわれるんだろうな。

とみいじょん