「彼が本当に奪われたもの。」鑑定士と顔のない依頼人 みぃさんの映画レビュー(感想・評価)
彼が本当に奪われたもの。
まず圧倒されたのは作品全体に散りばめられた、美術品、調度品の素晴らしさだった。特に鑑定士である彼の秘密の部屋の壁一面に飾られた女性の肖像画は壮観だった。あの部屋は彼の心の中であり、長年かけて創り上げた何にも代え難い安らぎの場だったのだろう。
映画をみてすぐは悲しい話だけど、何がそんなに悲しいのか自分でもわからずにいた。でも少し時間を置くうちにみえてきた、自分がどこに感じるところがあったのか。
元々気難しく、他人を寄せ付けないし信用もしない。何よりも自分の欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない、傲慢で鼻持ちならない偏屈なおじさんだ。酷い仕打ちを受けても仕方がないと言えばそうだろう。
そして画家として陽の目をみることのなかったビリーにとって長年彼から受けた屈辱は耐え難いものだったのだろう。
それもよくわかる。
ただ、あそこまでひどい仕打ちをしてまで、晴らしたい恨みだったのだろうか。
彼にとって美術品は人生の全てだ。彼はそうやって人を信じることなくたった1人で生きてきた。その心の拠り所である美術品を奪うだけでは足りず、彼が美術品に執着することで補ってきたであろう心の内、閉じ込めてきた心の1番大事な扉をみんなで寄ってたかってこじ開けてしまったのだ。今までかつてない幸福な夢をみて彼は人生で初めて幸せとは何であるかを知ったに違いない。そこで見せつけられた絶望とはどんなものだろう。彼はそこに何をみたのだろうか。
彼が本当に奪われたのは貴重な美術品ではなく、人として生きるための前向きな力、果ては死ぬ気力までも根こそぎ奪いとられてしまったのではないか。
恨みや憎しみに駆られて復讐するにもエネルギーがいる。彼はそれができないほどに打ちのめされてしまったのだ。それはあまりに惨いことのように思う。
彼がビリーにした仕打ちの代償があまりに大きすぎた気がした。最後の連れを待つシーンは本当に胸が痛んだ。
最後のどんでん返しですっきりするだけの映画ではなく、「人間」を考えさせられた映画でした。