「淡々としたなかに魂を揺さぶるような激しい感情を埋め込められた作品」ランナウェイ 逃亡者 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
淡々としたなかに魂を揺さぶるような激しい感情を埋め込められた作品
レビュー未発表ですが、レッドフォード監督の前作『声をかくす人』は、「★★★★★特選」の評価に決めていました。その演出は、登場人物の感情の機微の細やかさで、見る者の心を思わず感情移入させてしまうところです。若手のアクション俳優のホープといえるシャイア・ラブーフを投入しても、カーチェイスや格闘シーンなど派手なシーンは皆無。それどころか、ラブーフにも複雑な心境をセリフなしで表現するようなエモーショナルな演技を要求しているところなんか、ある意味で贅沢な起用法です。
映画を知り尽くしているレッドフォードにとって鳴り物入りのど派手なアクションよりも、淡々としたなかに魂を揺さぶるような激しい感情を埋め込むドラマを撮りたいのだろうと思います。
加えて処女作『普通の人々』からずっと、カットごとの映像美が素晴らしいのです。若い頃画家を目指していたレッドフォードは、随所にヒビットな感性を映像で見せつけてくれるのでした。
さて本作は、1970年代にベトナム反戦活動で世間を騒がした左翼過激派組織、ウェザー・アンダーグラウンドのメンバーは、突如として雲隠れ。30年後に、メンバーのシャロンが自首直前に逮捕されます。シャロンは弁護をジム・グラント指名するも、彼は断ります。シャロンの取材を担当することになった新聞記者のベンは、ジムを取材したことがきっかけで、彼もメンバーの一人であったことを突き詰めるのです。彼は、他人になりすまして弁護士となり、一人娘と30年間ひっそりと暮らしていたのでした。
FBIに指名手配されジムは、巧妙に逃亡を続けます。ベンはその逃亡に疑問を持ちます。まだ幼い一人娘を実弟に預けてまで、なぜ逃げ続けるのかと。ジムの身辺を洗い直していくなかで、ベンはジムらかけられた容疑である銀行の警備員殺害について無実であるとの確証を得るのです。そして、なぜメンバーが30年間沈黙し続けてきたのか、ジムは何のために無実であることを明かにさせようとしているのか、ジムの守ろうとしている存在まで明かにしていくのです。
ベンの取材活動で、浮かび上がったのは、過激派の元活動家といっても、親としての情を捨てきれなかった人間的な側面でした。
一見逃走劇のように見せかけるのですが、逃走のなかで主人公が隠し続けてきた秘密が明かされていき、家族の絆がかけがえのないものとして描かれるヒューマンドラマだったという引っかけ方が巧みでした。
興味深いのは、社会派でならしたレッドフォードの心境の変化。逃亡を続ける過激派の一人は未だに体制の改革を諦めていなかったのです。けれどもレッドフォードは、そんな理想論よりも家族の絆を取り戻させることを選択させるのです。若い頃は、正義感だけでブイブイ鳴らしていたレッドフォードだったけれど、年輪を重ねて人生の機微を味わったら、そんな理屈なんかよりも、そばに家族がいてくれる方がどんなに有り難いかと言わんばかりの展開。歳をとるということは、淋しいということなのかもしれません。
ただ本人がいうには、「上映後に観客同士が、質問し合うような映画を製作することを望んでいる僕は、アメリカの歴史に関して、今日の人々の認識は乏しいと思っている。」という問題提起がしたかったようです。
もう一つは、ジャーナリズムの脅威についても告発している作品です。ジムの家族の秘密を知ったベムは、家族のプライベートまで暴く記事を書き上げます。けれども家族には罪がありません。レッドフォード監督は、良心の呵責とジャーナリストとしの成功の野心の狭間で悩むベンの姿を、印象的にクローズアップしていきます。そして、罪取材対象に社会的な制裁を加えてしまいかねない、ジャーナリズムの言論の暴力を告発していたのでした。
映画の筋書きは、「レ・ミゼラブル」を意識していることをレッドフォード監督も認めています。そういえば、ジム役はジャン・バルジャンに似ていますよね。大切な子どもを守るために全てを捨てて、真実を明るみに出そうとする主人公が魅力的な映画に仕上がっていました。サングラスをかけて歩くレッドフォードは、老いたとはいえカッコよかったです!
ちなみに原題は「The Company You Keep」(「いつも一緒にいる仲間」という意味)。「逃亡者」って邦題なんて、いくつあるんだぁと思うと、安直過ぎますね。