劇場公開日 2013年5月31日

「ピークという言葉に納得」言の葉の庭 映画読みさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ピークという言葉に納得

2023年3月19日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

恥ずかしながら今視聴。こんなに短いならもっと早く観るべきだった。
ほしのこえ、君の名は、天気の子、すずめの戸締まりと劇場で観たが、私が観た新海監督5作品の中で、「クリエイターとして」最も才能や地力を感じるのはこの作品かもしれない。※他作視聴で覆る可能性あり

大ヒット企画のプロデューサー的な視点込みとなると「君の名は。」こそ才気煥発の極みに思えるが、そういう興行的な境地を狙わないスモールスケールの作品としてなら、本作は「やるべきことをしっかりやりきる」職人的な巧さにあふれていると思う。
君の名は。の大ヒット以降、隙だらけというか「映像さえ美しくて壮大な感じの何かをすればよし」の手癖・不真面目・ザル脚本になってしまった「天気の子」や「すずめの戸締まり」に比べて、本作の隙の無さや無理の無さは圧倒的な高みになる。最近友人が「言の葉の庭がピーク」と言っていたが、限りなく納得できる内容だった。

優れた格闘家は、自分の手足の長さを1ミリも長くとも短くとも感じておらず、間合いやインパクトを間違えないという。それは自分を少しも過大評価も過小評価もせず、まさに自分のできることとできないことを把握して、自身の体を使いこなし状況に対して最適に動くということだろう。クリエイターも創作の姿勢としてそれは真であり、本作は新海誠監督とそのチームの「できることを完璧にやりきり、できないことは一切しない」が47分間の中に実現されていると感じる。

本作はある意味なんでもない、人生に一度ぐらいは訪れそうな「運命的ではない人たちが出会い、意志の力で運命的になりたいと願う、個人と個人の小さな話」だ。公開された2013年当初としても、小説賞の梗概審査やプロット賞では「ありふれている」「普通」という理由で、箸にも棒にもかからず落選となるだろう。
しかし、そんなありふれたプロットの話を美しい映像と無理のないテンポで「見物」にして最後まで見せてくれるのが、この作品のスタッフたちの地力の高さである。
アニメで映像自慢と言えばダンスシーンであり演奏シーンであるというお約束はTikTokの物真似文化が出る以前からだが、本作はダンスもしないし演奏もしない。しかし確かな映像美で見せるという、自信たっぷりの才能の披露がある。

素足を計測のフェチズムはこれぞ新海誠という具合だが、それがすずめでどうなっていたかと言うとアレで、低俗になりすぎていてちょっと悲しみを覚えた。
無論、いくら丁寧で上質でわかる人にはわかる良さと凄みがあっても、本作の路線では100作つくれど大ヒットは狙えない。結果、3年後に「君の名は。」でわずかな隙と引き換えに大スケールアップを果たし偉業を達成するのだが、以後は雑に隙だけが増えていくような苦境に入っていると感じる。

漫画や小説の世界でも、デビュー前やデビュー間もない頃の方が読者を恐れていて、隙が無く(※テンポ感含む)面白い作家は珍しくない。一度売れると中座される恐れを失うのか、立ち上がりの速度感や整合性が劣化していくあの現象だ。
進化監督は、まさに先行き不安でなんとか食えていた程度だったであろう本作の頃~君の名は。公開前の物作りを思い出してほしいと思わされる作品だった。

映画読み