ウィ・アンド・アイ : 映画評論・批評
2013年4月17日更新
2013年4月27日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー
時代も国境も超えた高校生のリアルな気持ち
ミシェル・ゴンドリーがニューヨーク・ブロンクスのコミュニティセンターに集まる高校生たちと映画を撮った。しかも、舞台は夏休みに突入する学期最終日の下校途中のバスのなか、ゴンドリーが3年に渡るインタビューを通してつかんで高校生のリアルな感情と人間関係を映し出すという。この面白い試みに興味をそそられないはずがない。とはいえ、その高校生たちのエネルギーはリアルなぶんだけ諸刃の剣。いまどきブロンクスならではのキャラクターもいるけれど、悪ガキやら女王様やら孤高の男やら、どの学校にも必ずいそうな面々が夏休みを控えて交わす会話や行動は、無意味であることに異議があるというくらい序盤はただただ騒々しくて、終点まで付き合いきれるか心配になるほど。
だが、そこはゴンドリー。バスの中という限られた空間に舞台を設定しながらも、回想シーンはもちろん、メールやYouTubeを取り入れて作品自体の空間も、高校生たちの世界にも無限の広がりを持たせてしまうセンスはさすが。なにより、1人降り、2人降りして次第に乗客が減っていくにつれて、これまで騒々しかった生徒たちが次第に違う顔を見せ始めて、ついにはがらりとトーンの変わる終盤のせつなさは最高。仲間といるときは騒々しくても、誰もが悩みや不安を抱えていて、哲学的な顔だって秘めている。まさに、「WE」でいるときの自分と、「I」でいるときの自分は、ちょっと違うけれどもどれもほんとの自分っていうこの真実。舞台がブロンクスでも、ここにあるのは時代も国境も超えた高校生のリアルな気持ち。気がつけば、いい大人もこの悪ガキたちに、あの頃どころか今の自分をも重ねずにはいられなくなっている普遍性がここにはある。
(杉谷伸子)