「あなたを生かす風となる」風立ちぬ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
あなたを生かす風となる
宮崎駿の作品に対しては幼少の頃ちょっとしたトラウマがあって、
『ハウルの動く城』あたりからようやく観られるようになった自分。
そんな訳で宮崎駿作品は半分程度しか観たことがないし、
その他のスタジオジブリ作品となると、驚くなかれ、皆無です。
なので過去作との比較などというおこがましい真似は
決して出来ないのだが、本作を観終えて感じたのは、
『なんて美しくて優しい映画だったろう』という気持ち。
確かに子どもと一緒に楽しめる映画ではないかもだし、
堀越二郎という人物の事をさらっと予習しておかないと
理解の難しい部分もある。
また、二郎の心情描写は丁寧だが、時代背景を巡る描写は淡白だ。
現代に通じるテーマであるという事を示すためにも、
大震災や不況の描写にもう少し時間を割いて欲しかった気もする。
歴史の流れについても軽く予習しておいた方が良いかな。
けど、それらの敷居の高さを乗り越えてでも
本作は観る価値はあると思う。
柔らかく温かな色遣い、
しゃしゃり出ずに物語に寄り添う優しい音楽、効果音。
個性も表情も豊かなキャラクターの数々に、
画面の端から端まで生き生きと躍動する背景。
この映画には手作りの温もりがある。
物語と、この世界と、そして登場人物への深い愛情がある。
ついでながら二郎役の声優さんについて色々意見あるようだが、
そこまでこだわりの無い自分としては、むしろ素朴で素直な声は、
作り込まれた声を当てるよりも人間の体温を感じる。
真っ直ぐな心を持った二郎、夢に対して快活なまでに貪欲な
カプローニ、魅力的な笑顔で辛辣な皮肉を飛ばすカストルプ、
終始しかめっ面だが実は部下想いで情熱家の黒川さん等々、
キャラの魅力を挙げればきりがないのでここではやめる。
二郎が夢に向かう姿から受けた感銘についても、他の方に譲る。
「飛行機は呪われた夢」というフレーズも非常に興味深いが、
文章が長大になるのでやっぱりやめておく。
ここでは別の事について書いてみたい。
映画の冒頭で引用される言葉。
『風立ちぬ。いざ生きめやも』
(風が吹いている。生きようと試みなければ)
妙な言葉だ、と鑑賞中にずっと引っ掛かっていた。
風が吹いたら、なぜ我々は生きようとしなければならないのか。
観終えてから思い出したのは、終盤の菜穂子の姿。
彼女が無理を押して二郎のもとへと向かったのは、
二郎に逢いたいといういじらしい想いが第一だったと思うが、
菜穂子は彼の夢の妨げになりたくなかったからこそ、
彼の傍にいたかったのではないかとも思える。
けれど何より……自分が傍にいれば二郎の力になれる
という自覚が彼女にはあったんじゃないだろうか?
病床の菜穂子に生きる力を与えたのは二郎で、
挫折した二郎を再び浮き上がらせたのは菜穂子だった。
互いが互いにとって必要な存在だと彼等は知っていた。
自分に生きる力を届けてくれた人への深い愛情と尊敬の念があった。
最後、カプローニは菜穂子のことをこう呼んだ。
「まるで美しい風のような人だった」と。
二郎が飛行機を空へ飛ばす為の風だったなら、
菜穂子は二郎を空へ飛ばす為の風だったんだろう。
風立ちぬ。
風とは、あなたを空へ飛ばそうとしてくれるもの、
あなたの夢を後押しし、「生きて」と願ってくれる人、
あなたに生きる喜びを与えてくれた人。
だから生きねばならない。
風を届けてくれた人への感謝を込めて。
ポール・ヴァレリーという作家が語った言葉の
元の意味なんて知らないが、本作から感じたのはそんな事。
僕らも後ろに色々なものを遺してきた。
愛した人、いつか見た夢、数多くの見知らぬ人たち。
けど消えてなお彼らは、僕らに今を生きる力をくれる。
僕らは遺してきたもの達の為に、前に進まなければ。
「少年よ! まだ風は吹いているか?」
立ち止まって、耳をすませ。
あなたに向けて、風はいつでも吹いている。
暗く重たい今の時代を生きる僕らにエールを送り、
前進する力を与えてくれる、清々しい風のような映画だった。
この作品を作ってくれた方々にも、感謝と敬意を感じずにいられない。
〈2013.07.20鑑賞〉
自分の夢、目標。
最終的には人々に喜んでもらえる。
そんなことを必死で実現させようと進んでいる時にも
理不尽な出来事は起こる。
そんな一つ一つに、
心折れそうになりながら、
自分の心に嘘はないのかと自問自答しながら、
一歩一歩前へ
気の遠くなるような道程を歩んでいく。
時には自分自身をも絶ちたくなるような時にも
周りの支えてくれる人たちがいて、
そうしてまた奮い立つ自分がいる。
あと一歩
あと一歩前へと
ユージンスミスの
”The Walk to Paradise Garden”
あの光の向こうへ。
コメントありがとうございました。
>僕らも後ろに色々なものを遺してきた。
>愛した人、いつか見た夢、数多くの見知らぬ人たち。
>けど消えてなお彼らは、僕らに今を生きる力をくれる。
>僕らは遺してきたもの達の為に、前に進まなければ。
>「少年よ! まだ風は吹いているか?」
>立ち止まって、耳をすませ。
>あなたに向けて、風はいつでも吹いている。
>暗く重たい今の時代を生きる僕らにエールを送り、
>前進する力を与えてくれる、清々しい風のような映画だった。
>この作品を作ってくれた方々にも、感謝と敬意を感じずにいられない。
u,tikushou,fukakunimo,na,namidaga.......
美しい映画。
本当にそうですね。あまりに素晴らしいレビューで、文章も流れるようなキレがあり、
感想の感想を書きたくなりました。
あなたの風、いいです。本当に。
賛否両論ある映画だとは思いますが是非沢山の方に観て感じてほしい作品です。