「この十年のジブリ作品で一番良い、が・・」風立ちぬ moviebuffさんの映画レビュー(感想・評価)
この十年のジブリ作品で一番良い、が・・
途中まで、これはひょっとしたら、宮崎駿の最高傑作の一つになるのでは、と思いながら見ていた。子供やライトファンにアピールせず、やりたい事をやってる前半から中盤までの映画的な物語の流れは素晴らしい。
関東大震災や戦前の描写は、ジブリのアニメーションでも一つの到達点になるような出来栄え。そして物語の主軸として、主人公と技術屋達のプロジェクトX的、仕事への熱い情熱が生き生きと描かれている。主人公が夢中で仕事に打ち込む姿は技術屋的、オタク的な人の持つ魅力で溢れている。
主人公に抜擢された庵野秀明の声も心配していたが、明晰で逡巡のない、周りの眼を気にしないぼくとつな主人公のキャラクターと声がマッチしていた。
こういった素晴らしい部分が数多くあるにもかかわらず、この作品は同様に大きなマイナス面も多々ある。正面からオタク的男性の魅力が描かれている一方、ジブリ史上で一番女性が魅力的でないのだ。それにしても、今まであれだけ女性キャラクターを生き生きと描いてきた人が何故?
恐らくは、男女の恋愛のプロセスを描くという事に関して宮崎駿は今までやって来なかったのでは?(まさか、お互いに大好きだと言って、キスをしょっちゅうしてる描写を入れれば恋愛だろうみたいなことなんですか、宮崎さん?それこそオタク的中二病の発想・・。)
最初の一時間を主人公の物語に割いているのと、病人の女性という受身のキャラクターゆえ仕方の無いことなのかもだが、彼女の描写がとにかく不十分だ。単なる記号的な、都合の良い清純な女の子像になってしまっている。
二人が惹かれあうのが、きっかけしか描けていない。彼女がどんな女性なのかということがわからなければ、主人公が彼女に惹かれていく理由が観客にもわからない。二人の恋愛に感情移入できないので、観客は置いてけぼりである。彼女が魅力的な人だという事が伝わらなければ、その人がいなくなる悲しみも半減してしまう。
また、エンディングが最近の宮崎駿作品同様、カタルシスを与えない演出なのは別にかまわないが、省略し過ぎだろう。彼女の死、敗戦をファンタジーの世界で見せててしまって、現実として一切見せないのはどうなのだろう?この作品のメッセージが、「仕事に生きること」や「生きぬくこと」なのなら、夢のシーンをエンディングに使うにしても、もう少しその後の現実の出来事を見せてからの方が効果的だったと思う。
彼女が亡くなり、そして、自分の作った飛行機が結局多くの人を殺す道具になり、日本は敗戦する。そんなどん底の状況でも主人公が仕事を通して救われる、それでも生きていくのだというところまで現実の描写として見せて、夢の中でやっと彼女に再会する。そこで初めて彼女に対して「ありがとう」や「生きていきます」という言葉を伝えれば、もっと自然に観客の感動、共感につながるのではないか?
結局、この作品の魅力は宮崎駿の歴史や飛行機、機械に対するオタク的情熱であり、恋愛ドラマ描写の稚拙さもまたオタク的ステレオタイプな描写がゆえという、監督の持っている特性が吉と凶の両方に出てしまっている作品だなと思う。
苦手ならば、恋愛の部分のストーリーを捨てて、普通に伝記的な物語部分を語るだけでも魅力的な作品は作れたはずだ。近年の彼の作品で一番素晴らしい内容を持つ作品だっただけに、余計に残念だ。(あ、ついでに今思い出したが、ジブリの作品で久石譲の音楽がこんなにも耳に残らない事ってあるんだろうか・・。)
最後に、もう一つ。この作品に対して、「子供にはわからない。」という批判があるようだが、これには本当に驚かされる。
堀越二郎の伝記って予告で言ってるよね・・?予告は見てないけど、ジブリだから子供向けだと思った?じゃあ、「おもひでぽろぽろ」や「火垂るの墓」はどうなんのよ?あれって子供むけに作られてると思う?少なくとも幼児が見る映画じゃないでしょう。
日本てアニメ大国だと思ってたけど、世間の認識ってそんなもんなのか・・。いや、確かに本人は「風立ちぬ」以前はずっと子供に向けて映画作ってきたって言ってますよ。でも、宮崎駿は数々の国際映画祭で最高賞、栄誉賞を獲得し、アニメーションという表現を世界に実写同等の映画表現、芸術表現として改めて広く知らしめた作家でもある。
実写映画を見に行って、「子供にはわからない」と不満を持つ人はいない。見る前に一応子供でも見れる内容か実写なら確かめるでしょう。「内容は知らないけど、アニメだったら子供向けだろう」→つまり、アニメーションって未だに芸術表現として実写作品と比較してなめられてるんだなーと、思わざるをえない。