劇場公開日 2014年3月21日

神様のカルテ2 : インタビュー

2014年3月20日更新
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深川栄洋監督×宮崎あおいが述懐する続編製作の苦難と道のり

続編製作の決定の報に、喜ぶ以前に考え込んでしまう監督、キャストというのも珍しいかもしれない。それは深川栄洋監督に宮崎あおい(崎は正しくは旧字体、以下同)、そして、この場にいない主演の櫻井翔をはじめとする、この作品に関わった人々の映画に対する誠実さの証左とも言える。前作「神様のカルテ」から2年の時を経て、自身のキャリア初の続編に挑んだ監督とヒロインがその道のりを振り返った。(取材・文・写真/黒豆直樹)

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地方の病院で忙しさに追われながらも患者と真摯に向き合っていく医師・栗原一止と、周囲の人々の関わりを丹念に紡ぎ出していく本作。今回、一止の同級生の進藤の赴任をきっかけに、物語を通じて医師は仕事と家庭のどちらを選ぶべきなのか、という命題が提示される。

前作は、宮崎が演じる一止の妻・榛名(はるな)が新たな命を宿したことが判明して幕を閉じた。続きを描くにはもってこいのシチュエーションが存在し、しかも夏川草介氏による原作小説の続編もすでに出版されている。それでも深川監督、そして櫻井も簡単には首をタテに振らなかった。続編と向き合う情熱を得るために深川が、悩んだ末に導き出した前提が「前作の世界を否定すること」だった。

「これまで自分で作ったものを壊して、新たなものを作った経験はなかったので、これはモチベーションになるなと思いました。原作者の夏川さんと以前からお話させていただいている中で、ご自身の勤務医時代の経験、特に最後の数年の苦しかった時期のことに関して、小説に書ききれなかった情熱のようなものを感じていたんです。原作にないエピソードだけど、病院も“安住の地”ではなく変わっていく。その状況での一止の姿を描くという流動的な部分と乱暴さを持った映画にしてみようと思いました」。

「何となく『続きを作ることになるかも』という話をうわさ程度で」聞いていたという宮崎も「正直、『嬉しい』よりも『難しいことだな』という気持ちが最初にあった」と明かす。「それでも、深川監督、櫻井くんがやると言っているなら、私はそれに“ついていく”だけ(笑)という思いで『やらせていただきます』とお返事をしました。撮影が始まると『嬉しい』という気持ちが強くなったし、改めて、同じスタッフ・キャストで続編を作ることができるって、幸せなことなんだなと実感しました」。

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その言葉を聞いた深川監督は「(宮崎の答えを聞くのが)怖かったです(笑)」と安堵の表情を浮かべる。「ちゃんとそのことについて話したことがなかったから。どう思っていたんだろう? と内心、心配でした」と明かすが、本作の撮影前に深川は櫻井と宮崎にあてて手紙を書いている。「前作の世界を否定し、原作に書かれていない部分でやれることがあるんじゃないか? と思い始めた頃ですね。伝えたいことがあったんです。特に一止は前作とは見せ方を大きく変えなくてはいけなくなるということ。そのためには宮崎さんも必要だということ。悪だくみのつもりで手紙にしました(笑)」。

「新しい作品を作る気持ちで」と言っても、実行に移すのは簡単ではない。だが深川監督は徹底していた。例えば音楽。前作を担当した松谷卓を「僕の感覚、世界観を完璧に理解してくださっている方」と理解した上であえて外し、林ゆうきを新たに迎えた。聴覚、視覚、そして思考とあらゆる部分で観客への伝え方を変えた。

「テンポ、見せ方、切り口――前作では時々、一止の頭の中に入り込み、彼の思考を通過してという伝え方をしていたけど今回、そのやり方を使ったのは1回だけ。つまり前作と違い、観客は一止の感じていることを推測するだけで、答え合わせは出来ない。将棋が重要なモチーフとして出てくるので、少し見る人の目線を上げて、俯瞰で将棋を眺めているような感覚で、駒を動かすように俳優さんを動かしました。だから、櫻井くんとの関わりも、以前のように寄り添うのではなく、全体の調和を眺めるようにしたし、考えをすり合わせることもほとんどなかったですね」。

深川監督が“変化”をつけることに腐心する一方で、宮崎は驚くほど、何も変わることなく現場に入った。「変わる」「変わらない」という比較すら適当ではない。「真っ白な気持ちで」だった。

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「『変化をつけよう』とも『変わらずに』とも思わず、ただ、お腹の中に新たな命があるということだけきちんと意識して、その場にいましたね。『はるさんに戻る』というプロセスさえも何もなく、他の作品と同様に真っ白な気持ちで現場に入って、相手の役者さんと向き合えば、『(自分が)割れて中から出てくる』のか『戻ってくる』のか分かりませんが、自然とはるさんになっていました」。

そこには、前作撮影前に深川監督とのやりとりの中で生まれた信頼と自信があった。普段から宮崎は脚本を何度も読みこんだり、役柄の内面を作り上げていく“役作り”をすることはない。だが前作では脚本の決定稿を渡された時点で、自ら希望して監督との話し合いの時間を持ったという。

「最初の準備稿から変更した部分など、自分の中で生まれた疑問があったので、それを監督にぶつけたんですが、ひとつずつ、丁寧に答えてくださったんです。私自身、あまり監督とじっくり話し合うタイプじゃないので緊張しました(笑)、そこで納得して、はるさんという人物を監督と共有して現場に入ることができたんです」。

話を聞いているとこの2人、思考のプロセスが驚くほど似ている。ゆえに深く話し合う必要がないのだが、“答え合わせ”をしていない分、実は互いのことをよく知らなかったりもする。宮崎が撮影を前に「前作を見直そうかと思ったけど結局、見なかった」と明かすと、深川も「ホント? 面白いね。僕も見ていないんです」と笑う。それを聞いて「櫻井くんも『見てない』って言っていました!」と語る宮崎の表情は何とも嬉しそうだ。

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役者の耳元で本番前にこっそりと本人にしか聞こえない声で“ささやく”のが、深川演出の代名詞ともなっているが、今回の宮崎に対してはそれさえもほとんど必要なかったという。改めて2作を共にして、深川は女優・宮崎あおいの凄さをこんな言葉で表現する。

「原作を読んで、はるさんの役は宮崎さんしか思い浮かばなかったし、実際にやってみて宮崎さんでしか成立しなかったなと確信しています。すごく変なたとえだけど…“ポリグリップみたいな感じ(笑)。口の中ってすごく複雑な形なんだけど、ピタッとハマっておせんべいも食べられるぞ! って。それぐらい凄まじい密着度、シンクロ率の高さが宮崎さんとはるさんの間にはあるんです。僕がはるさんに感じていることと同じだから、前作の途中からほとんど喋ってないんですよ。今回も一度だけ『何かありますか?』って聞いたら『んーん』って(笑)」。

それでいて、完成した続編への手応えを感じつつ、深川の胸にはいま、宮崎に対するある「敗北感」が去来しているという。「今回、ちょっとしたイジワル心で、宮崎さんを揺らしてみたい、変えてみたいと思ったんです。それで使ったのが、濱田岳くんの演じた屋久杉くん(※一止と榛名が暮らす御嶽荘に新たに加わる学生)。中学生が友達に『好きって言っちゃえよ!』ってけしかけるかのように(笑)、濱田くんにだけいろいろささやいて、台本にないこともやってもらったけど、宮崎さんは全然動じない(苦笑)。はるさんとしてサラッと流しちゃって。つけ入る隙がないんです。出来ることなら別の作品でまたチャレンジしたい(笑)」。

イタズラ心にあふれる監督と動じないヒロインのせめぎ合いをスクリーンから感じてほしい。

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