「魅力的な人物たちが奏でるハーモニー」カルテット!人生のオペラハウス キューブさんの映画レビュー(感想・評価)
魅力的な人物たちが奏でるハーモニー
この作品がダスティン・ホフマン初の監督作だと言う。彼が今まで監督をしてこなかったことには驚くが、70を過ぎてその決意をしたのも分かる気がする。
映画自体は老人ホームという場所を舞台にしながら、典型的なストーリーテリングに陥らないでいる。例えば序盤においては観客に明確な主人公が分からない。これは決して脚本の輪郭がぼやけているわけではなく、魅力的な登場人物が多いが故のことだ。カルテットのメンバーであるウィルフがその代表格であろう。老人らしからぬ有り余る元気と、次から次へと口から飛び出す下ネタの数々。それなのに、時折見せる老人としての悩みが哀愁を漂わせている。
彼の親友であるレジーは序盤ではウィルフに食われているが、ジーンが登場してからは彼の出番だ。紳士的でありながらシニカルなその口調は何ともおかしいし、事実彼の台詞の多くがこの物語のテーマを表している。彼を演じたコートネイはありきたりな“イギリス紳士”ではない自然な老音楽家になり切った。
彼とジーンの会話の場面は絶妙なバランスによって保たれている。ジーンによって傷跡を残されたレジーは多くを語らず、観客も大体の予想はつくが明確な事実はなかなか分からない。だが長年の確執によってもたらされた、2人の微妙な関係性が物語の主軸となり、笑いと感動を生んでいるのだ。
もちろん、ジーンを演じたマギー・スミスは相変わらず素晴らしい演技を見せてくれる。自分のプライドとエゴに悩まされるジーンは昔の自分を責め続け、今の自分をも嫌悪する。そんな自己嫌悪にまみれた人物なのに、観客から見ると驚くほどにチャーミングなのが彼女のすごさだろう。
多くのキャラクターが登場しながらその誰もが個性豊かで、近づく死を意識させながらも決して暗くなることはない。ただし数々の確執や問題が降り掛かる割には、全部あっさりと解決してしまうのは説得力に欠ける。それが物語全体に平坦な印象を植え付け、映画としてのクライマックスがいまいち盛り上がらない原因なのだ。
とはいってもこの映画を嫌いになることは誰にもできないだろう。気取りすぎない優雅さと、ウィットに富んだ会話で構成されたこの映画を見て損することは無いはずだ。
(2013年5月3日鑑賞)