アーロと少年 : インタビュー
ピーター・ソーン監督&プロデューサーが語るチームワークが生み出した映像美
もしも、隕石が地球に衝突せず、恐竜が絶滅しなかったら――。ピクサーの新作「アーロと少年」は恐竜だけが言葉と文明をもつ世界を舞台に、怖がりで弱虫の恐竜アーロと、ワイルドで怖いもの知らずな人間の少年スポットの友情と成長を描く。ユニークな設定、絶妙な主人公コンビ、エモーショナルなストーリーテリングはピクサーのお家芸だが、まるで実写のような大自然の風景はアニメーションにおける映像美の新時代を予感させる。3月12日の公開に先駆け来日した、ピーター・ソーン監督とプロデューサーのデニス・リーム氏に話を聞いた。(取材・文・写真/編集部)
「カールじいさんの空飛ぶ家」と同時上映された短編アニメ「晴れ ときどきくもり」で監督デビューした韓国系アメリカ人のソーン監督は、ある意味“ピクサーの顔”と呼べる存在。というのも、カールじいさんの相棒ラッセル少年のモデルなのだ。「そうなんです(笑)。スタッフ同士で似顔絵を描いていたら、僕の顔を大きな親指みたいに描いた人がいたんです」。キャラクターのモデルになるほど“愛されキャラ”なソーン監督は、仲間からの信頼も厚い。
「アーロと少年」がボブ・ピーターソン監督の企画としてスタートしたのは2009年。ところがストーリー作りが難航し、全米公開が9カ月後に迫った13年9月、ピーターソン監督の降板と公開延期を余儀なくされ、ジョン・ラセターを筆頭にアンドリュー・スタントンらピクサーのブレーンが、プロジェクト再建に取り掛かった。新たな全米公開日が15年11月に定まり、ラセターは企画当初から共同監督として携わっていたソーン監督に白羽の矢を立てた。
ソーン監督は初めて長編を任された時の心境をこう語る。「素晴らしいチャンスだと思うと同時に、恐怖心も入り混じっていました。でも、みんなが僕を信じて監督に選んでくれたことが自信につながり、限られた時間の中でどのようにして作品を直そうか、すぐに考え始めました。ジョン・ラセターをはじめ、ピクサーの仲間たちが支えてくれたので、ラッキーでしたし、みんなに感謝しています。仲間がいたから完成したんです。当時はまるで病気の赤ん坊を突然預けられたような気分でした。(リーム氏を指して)医者や、頼りになる人たちが必要でした。チームのみんなが力を合わせた努力の結晶なのです」。
新たな体制が整ったところでプロデューサーのリーム氏は、ロッキー山脈が縦断する米中西部ワイオミングをメインにしたリサーチ旅行を敢行した。「新たな着眼点から物語を作るための仕切り直し」という意味が込められていたが、チームの団結力を深めるのにも非常に役立ったという。カリフォルニア生まれで、いわば“都会っ子”のリーム氏は、「ワイオミングの雄大な美しさに圧倒されました」と振り返った。
こうして実体験をもとに描き出された、実写のようにきめ細やかな風景はただ美しいだけでなく、見る者にも登山やトレッキングの経験を思い起こさせるような臨場感にあふれている。その中でも“川”は舞台装置以上の役割を担っていると監督は語る。「アーロの物語に寄り添うような水の表現を模索していました。アーロが怖いと感じた時、川は激しく、荒々しく流れるのですが、アーロとスポットの心が通じ合ってくるとガラスのような穏やかな水面になります。水の表情はアーロの経験と呼応しているんです」。
水の描写はアニメーションにおいて最も難しいとされているが、ピクサーといえば「ファインディング・ニモ」でその新境地を切り開いた。「あの作品は海が舞台なので、水の流れや障害物の影響はあまり考えなくてもよかったんです。ところが今回は川の中に岩があったりして、それを全部シミュレーションしないといけなかったので、大変さは2倍でしたよ。『メリダとおそろしの森』では、水が出てくる6~7カットを撮るのにピクサーにあるレンダリングの機械を総稼動させてギリギリだったんです。だから、みんな最初は心配していましたよ」。それもそのはず、本作には川、雨、水しぶきなど動きのある水の描写が200カット以上あるのだ。
この難関を乗り越えるために、技術チームが大活躍した。「色々な川のパーツを作り、その組み合わせを変えることでいろいろな表情を生み出したんです」(リーム氏)、「まるでレゴブロックを組み合わせるみたいにしてね」(ソーン監督)。才能あふれるスタッフたちの創意工夫がうかがえるが、思わぬところに落とし穴が待ち受けていたそうだ。
リーム氏「おかしなことに技術面で一番苦労したのは、冒頭で恐竜の卵が孵(かえ)る場面だったんです。巣に使っているワラのエフェクトにとてもてこずりました」
ソーン監督「1コマのレンダリングに497時間もかかったんですから。僕もエエ~~ッって顔になりましたよ(笑)。おい、ワラだぜって」
わずか0.04秒しか映らない1コマのためにほぼ3週間。「モンスターズ・インク」でサリーのふわふわの毛をレンダリングするのに1コマ11~12時間、「モンスターズ・ユニバーシティ」では29時間要したと言われているなかで、ワラにどれほど苦労したかは一目瞭然だ。気の遠くなるような努力のかいあって、「アーロと少年」はインタビュー前日に発表された視覚効果協会(VES)主催のVES賞で長編アニメーション映画・視覚効果賞を含む3部門を受賞した。日本でのプロモーション中に吉報を受けたという2人は、喜色満面でチームの大健闘を称えていた。
映像美ももちろんのこと、アーロとスポットの“言葉の壁”を越えた友情も本作のポイントだ。劇中では言葉の通じないアーロとスポットが長い旅路で苦楽を共にすることでお互いを理解していくが、現実の世界で人間同士が言葉や文化にとらわれず友情を育むために大切なことは何だろうか。
ソーン監督「心から素直になること。それは、『僕は38歳でズボンのサイズはいくつです』だとか、そういった事実を話すという意味ではありませんよ。心からの真実を伝え、分かち合うことが、人生の友を得る秘訣だと思います」
リーム氏「いつもオープンな心でいることが、言葉を越えた友情のカギじゃないでしょうか。たとえ生まれ育った環境が違っても、みんな感情があり、同じことに興味を持っていると気づけば、私たちにはたくさんの共通点がありますからね」
2016年、スタジオ設立30周年を迎えたピクサー。純真で仲間思いのソーン監督と温かな人柄がにじみ出るリーム氏、そしてチームが一丸となって作り上げた「アーロと少年」は、ピクサーのチャレンジ精神とハートフルなメッセージが、進化するテクノロジーの力でますます豊かに表現されていくことを約束しているようだ。