「現実の皮肉さには勝てない」ゼロ・ダーク・サーティ ipxqiさんの映画レビュー(感想・評価)
現実の皮肉さには勝てない
Amazonプライムで鑑賞。
脚本開発中にビンラディンが暗殺され、止むを得ずその要素を入れざる得なくなったという、数奇な作品。
現場のCIA職員、ジェシカ・チャスティンが執念でビンラディンを追跡し、仕留める。
まあ実際に仕留めるのは米軍海兵隊なので主人公の出る幕はなく、その間は怪獣映画なみに蚊帳の外なんだけど、キャスリン・ビグローの無駄にリアルなミリタリー演出でついそれを忘れるっていう。
もしこれが空振りだったら180度違う結末になっていたわけで、現実に負けたとも言える。
対テロ戦争の終わりなき泥沼、というネタから行けば歴史改変しても良かった気もしますが、そうなったらアメリカ国内では公開できないだろうなあ。。
とはいえ捕虜の尋問(実質は拷問)の場面とか、突入時のビンラディンの家族とか、後味の良いものではないけど、オチがオチだけに愛国的なプロパガンダと言われても仕方ない面もあり、その意味でもモヤモヤ不可避。
個人的には捕虜の尋問について「違法なことはしていない」と答えるオバマを疲弊しきった主人公がTVで見る場面こそこの作品のハイライトだと思った。
冒頭、911を再現した助けを求める女性の声が流れるので、どこかで主人公がその声の主であると明かす場面がくるだろうと待っていたけど、ついになかった。ただの私怨だと強調すればまだプロパガンダ味が薄まったのに。
成り立ち上、無邪気なジャンルものに着地できず現実の戦争に直結してしまうところがこの映画の悲劇かも。
突入の場面、既視感を感じて思いついたのは「忠臣蔵」の討ち入りだった。
仇討ち、隠密作戦、敵の居所がわからない、多勢に無勢、討ち果たせば報われる、とか。
ただ、時代背景や相互の戦力差など前提となる要素が違いすぎて、ジャンルのパワーで否応なしに一定量アガるぶんだけ後ろめたさも倍増するという「アメリカン・スナイパー」と同じ陥穽にハマってしまう(あっちは西部劇だけど)。
暗殺成功に対するアメリカ市民の反応は「ニュースルーム」シーズン1の7話から想像できる。
911自体は確かにこれ以上ない悪意に満ちた惨劇だけど、これまでの加害を度外視して被害ばかり訴えるさまは滑稽でもある。死者の数で比べるのも無神経だが、それでも911の犠牲者は3000人弱。つい、これまでアメリカの戦争で死んだ一般市民の数はどのくらいだろうとか考えてしまう。
もちろんこんな話はアメリカではタブーなんだろうし、日本いうなら広島や長崎の原爆投下に置き換えられるだろう。
結局はどこまでが味方で敵かの線を引くかの綱引きに過ぎず、テロリストや国防関係者というほんの一握りの動向にその他大勢の市民が巻き込まれ、下手すると人生そのものを破壊されたりするという無残な構図そのものは、主人公がどんなに苦闘しようが変えられない。
そして敵を野蛮なテロリストとして遇すると、自動的に同じ野蛮さに落ちてしまう罠。あるいはすでに落ちていたことに気づかない罠。
現実が悲惨なぶん、カバーするためのまやかしやフィクションが入り込んでくる。なんだか「マトリックス」を地でいくような話。
「偉大な国」に危害を加える敵がおり、それを殺せば平穏が戻ってくるという大がかりなアメリカ的ストーリーを完遂したのは、民主党出身でノーベル平和賞受賞、リベラルの権化のような初の黒人大統領でしたとさ。めでたし。