「真木よう子を覗く。」さよなら渓谷 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
真木よう子を覗く。
原作は全く知らないのだけど、公開時から観たい作品だった。
大森立嗣監督が、真木よう子をどう演出するのか興味があった。
全編を通して、真木よう子を多角度から覗くことのできる作品。
けれどその内容は非常に辛く、もしこれが自分の立場だったらと、
女性はある意味で目を伏せてしまう場面が多い。
レイプ被害者と加害者が夫婦なのである(籍は入ってないけれど)
この場合、その被害事件がどうだったのかに因るとは思うけど、
自分を地獄へ落とした男が「好き」でなければ不可能な行為だ。
事件後、そのことで大きなトラウマを抱えてしまう主人公は、
ニ回の結婚(婚約)に失敗し、結婚相手からDVまで食らってしまう。
どうして被害者がそんな思いまでしなければならないのか。
犯人を心底憎み、殺してやりたいと思うのは当然のことである。
隣家で起きた殺害事件の犯人である母親と主人公の夫が不倫関係
にあったというネタを掴んだ記者は、この夫の周辺を洗い始める。
と同時に、自身が果たせなかった夢への逃避と現実が記者を襲う。
加害者の意識が記者に乗り移ったかのように挫折感が露わになる。
面白いのは、主人公の夫婦と記者側の夫婦を対比して見せる部分。
どちらも過去への拘りが強く、幸せになれるのになろうとしない。
大切にしなければいけない「現在」からなぜか逃げようとしている。
記者が辿りついた過去から現在の二人に至るまでの軌跡を、
中盤からラストにかけて…カメラはゆっくりと追い続ける。
げっそりと痩せた真木よう子の死人のような佇まいが強烈な印象。
死にたいのに死ねないと、追ってきた男を連れ回して旅をするが、
絶望感露わになるはずのこの二人が、なぜか心を寄せ合っている
のが画面から伝わってくる。15年間苦しみ続けたのは彼らだった。
何もかも失ってなお、まだ人を愛せる感情が残っているのはそこに
その相手がいるからなんじゃないかと思えてくる。遡って彼らが
大学野球の部室に紛れ込み酒を煽って騒いでいる間、部屋の隅で
静かに語り合っていたのが当の二人だった。あんな事件がなければ、
普通に付き合っていた二人だったかもしれないのに、と思えてくる。
強烈なトラウマが妻の幸せになろうという意識をどう支配するか。
本当に難しい問題で、自分ならどうするだろうと考えてしまうが、
あのラストと夫から出る言葉には幾ばくかの希望がある。それを
妻がどう受け止めるかは分からないが、二人の現在に記憶を映し、
幸せな人生を掴めばいいじゃないかと思った。相性は一番大事だ。
(奇妙で切ないのにシンプルで穏やか。不思議な魅力を持った作品)