劇場公開日 2012年12月22日

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おだやかな日常 : インタビュー

2012年12月20日更新
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杉野希妃、震災を経て露呈した問題と正面から向き合った最新作

第17回釜山国際映画祭でワールドプレミアされ、喝采を浴びた内田伸輝監督作「おだやかな日常」。2011年3月11日に発生した東日本大震災後の東京に焦点を当て、現実を生き抜くためさまざまな選択を迫られる女性を描いた。主演した杉野希妃は、女優としてスクリーンを飾っただけではなく、プロデューサーとしても作品づくりに大きな役割を担った。杉野は、どのような思いで今作と向き合ったのだろうか。(取材・文/編集部、写真/本城典子)

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突如、日本を襲った東日本大震災によって、福島原子力発電所は未曽有(みぞう)の被害を受けた。政府が直ちに「放射能の影響はない」と発表する一方で、インターネットではさまざまな情報が錯綜。福島から離れた東京で暮らす主婦サエコとユカコは、震災以前の生活に戻っていく人々とは対照的に、放射能被害の不安にかられていく。

杉野は、11年に開催された第41ロッテルダム国際映画祭で内田監督と出会った。大震災発生後の6月、内田監督から今作の企画を持ちかけられ、東京をとらえた監督の視点に魅力を感じた。「震災後、福島や仙台でドキュメンタリーを撮る方が増えました。映画監督が『記録したい』という気持ちになるのは理解できるけれど、私は『原発事故が起こった福島から微妙な距離にある東京で、人がどのような行動をとるのか』という監督の視点にすごく共感できたんです。東京は危ないのか危なくないのかわからない瀬戸際にあって、多種多様な人間が混在するなかでどういう選択をしていくのかを迫られる場所だと思うんです。福島ではなく、私と監督が今生きているここで撮らなければ、次に進めないような気持ちになっていました」とスタート地点を振り返る。

今作は震災後の東京を題材にしているが、原発の存在の是非を問う作品というよりも、大人のいじめや家庭の不和など、震災を機に浮き彫りになった日常に潜む問題を扱った人間ドラマだ。深刻な事態に直面することで、人々のなかに内在する問題が露呈し、多くの選択を迫られる。杉野は「さまざまな選択をする人がいるなかで、自分は他者の選択を受け入れることができるのか」ということを訴えかける。「震災後、西に行く人を批判する人もいれば、留まる人になぜ危機感を持たないんだと言う人もいました。でも、事情があるなかで選択を迫られているのであって、他者がその選択にどうこう言えるものではないと思うんです。人は防衛本能から、自分とは違う選択や価値観を持つ人を批判しがちですが、多様な価値観を認めるべきなのではないかという思いが、震災後に自分のなかで大きく膨らんでいって、どうしても取り上げたかった」と熱く語る。

ストーリーを構築する過程で、杉野は内田監督をはじめ俳優陣とも打ち合わせを重ねた。撮影前から「女性映画」という意識を持っており、杉野演じるサエコを中心に、ユカコやサエコと対立する主婦ノリコらリアルな息使いの聞こえるキャラクターを生みだした。杉野が「女性」にこだわったのは、震災後の社会で「本当に生活に密着している女性の言葉が、なかなか表に出てきていない」という思いからだ。「子ども、生命を生みだしていく女性という存在をメインにした方が、この映画の言いたいこととつながるんじゃないか。未来を築きあげていく子どもにも、フォーカスを当てるべきだと思ったんです」

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中心人物のサエコとユカコは隣同士に暮らしながら、交わることのない生活を送っていたが、ある事件をきっかけに急速に重なり合う。「サエコとユカコは子どもへの執着心など似ているところがあるけれど、互いに何を考えているのか知りません。この設定がとても日本的で、映画として面白くなる要素なのではないかと思いました。そのふたりがどんどん重なり共鳴し合うところが、この映画のポイントなんです」。一方で、幼稚園の“ママ友”の目を気にするあまり、放射能対策に消極的になってしまう女性も登場する。彼女たちは物語上の架空の人物ではなく、現実社会を反映した存在だ。今作はこうしたさまざまな立場の人々を、否定も肯定もせず公平な視点から描いている。「ふたり(サエコとユカコ)の行動は善でも悪でもないし、正しいか正しくないかは判断できないけれど、自分の言いたいことは言ってもいいと思うんです。今この日本で生きていて、いろいろな選択をしなければいけない状況に直面しているなかで、『他者をいかに受け入れていくか』『いかに未来を築いていくか』ということを考えなければいけないと思うんです。こうあるべきだと決めつけてつくった作品というよりも、見た人同士で考えてもらいたい」と思いを込めた。

しかし、子どもを守るため奔走する母親という役どころは、決して簡単なものではなかった。「子どもは大好きですが、結婚も子どもを生んだこともないので、5歳の娘がいる役をどう演じればいいのかが懸念事項でした(笑)」と笑顔で振り返る。実際にインタビューを敢行しながら撮影に臨み、「自分が持っていないと思っていた母性を持っていたということに気付かされ、不思議な体験でした。絶対違うと思っていることでも、自分では知らないうちに眠っている部分が人にはたくさんあると思うんです。今までは等身大で演じる役が多かったのですが、自分にないものを引き出してもらえるような役もどんどんつくり出していきたい」とさらなる飛躍を誓う。

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杉野は日本国内にとどまらず、さまざまな国籍の監督や役者とタッグを組んできた。「避けられること」(エドモンド・ヨウ監督)をはじめ「マジック&ロス」(リム・カーワイ監督)、「歓待」(深田晃司監督)などの製作を手がけ、現在は「忘却」「湖水地方」など監督業にも意欲的だ。常に、「国内外で通用する作品づくり」を目指している。今作は、特定のメッセージを押しつけるのではなく、問題意識を喚起する作品として取り組んだ。「海外では、こちらが思っている以上に、今日本で何が起きているのかが知られていないことがあります。自分とは違う価値観を排除する防衛本能は、日本だけではなく海外にもあると思うんです。人種差別など、海外で起きている問題と置き換えて考えることができる作品になったのではないかと思います」と力強く語る。

エンタテインメント業界にも、甚大な影響を与えた大震災。映画人としての杉野は、震災に直面してどのような思いを抱いたのか。「映画製作者は、『映画の力ってなんだろう』と誰もが感じたと思います。役者としても、あえてフィクションを演じることになんの意味があるんだろうと一時期は無力さも感じました。でも、やっぱり映画には人生や物ごとを変える影響力があると思うので、こういう問題が起こったから社会的な作品をつくるとか、負の部分は忘れてコメディやエンタテインメントだけをつくるのではなく、いつの時代も多様な作品が存在してほしいと思います」

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