はじまりのみちのレビュー・感想・評価
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どこまでも清々しく、まっすぐに
どこまでも清々しく、心に染みる。そんな作品に、久しぶりに出会った。遠州ことばが心地よく、海の青さと砂の白さがまぶしい。静岡へ、太平洋を見に行きたくなった。
シンプルでオーソドックス。澄み渡るように美しい物語の余韻に浸るうち、この作品の緻密さ、濃やかさに改めて感じ入る。病床の母をリヤカーに乗せ、黙々と50キロの山道を行く。波乱万丈とは程遠い、地味で辛い行路だ。しかし、そこで彼が見聞きしたあれこれは、全て「その後」の伏線であり、クライマックスで見事に骨太な物語へ収れんされていく。まさに、この旅が「はじまり」であったと分かるのだ。
とはいえ、本作は、木下惠介監督とその作品群をめぐる謎解きや知的ゲームではない。母子の情に浸るもよし、人生の岐路に立った若者の成長と再生を見守るもよし、映画史の一コマを生き生きと知るもよし。観る者をしばらず、懐深く、おおらかに味わい方をゆだねてくれる。
俳優陣のアンサンブルも素晴らしい。主役の2人は言うまでもなく、控えめだが存在感のある父•斉木しげるや、弟と外界をつなぐ兄•ユースケ•サンタマリアもなくてはならない役どころだ。そして何より、便利屋•濱田岳! 小柄な身体を生かしたコミカルな役を重ねるうち、いつの間にか彼は唯一無二の役者さんになっていた。彼あっての本作、と言いたい。「破れ太鼓」が観たくなった。
むりだいね
中盤でいきなりあんなもんぶっ込んでくるもんだからその後は全てが泣け...
木下監督への、原監督の愛が伝染してきます。
この映画を見終わると、木下監督の映画を観てみたくなる。
木下監督作品は残念ながら『楢山節考』『二十四の瞳』しか観ていない。
ああ、有名なラストシーン。『陸軍』での、噂に聞く田中絹代さんの美しさ。その演技。息を飲む。さすが伝説の大女優。
他の映画も僅かなショットながら、ラストに次々に映し出される。
”映画史”としては名前は聞いたことがあるが、積極的に手にする気はあまりなかったその作品達。けれど、その映像の迫力に呑まれて、そのショットの前後を観たくなる。改めて鑑賞する人が増えて、木下監督作品の再評価に繋がるんじゃないか。
これが原監督の計算だとしたら、まんまと術にハマってしまった。こんなオマージュの方法もあったんだなあと、原監督の技量に感嘆する。
「人間を描きたかったんだなぁ、木下監督は」なんて、木下監督の自叙伝やエッセイを読んだわけでもないのに、この映画を観ただけで、そう思ってしまう。
物語は、半身不随になった母をリヤカーで運ぶだけ。登場人物も最小限に抑えられている。山道の困難さ等はあるけれど、特に話を急展開するようなエピソードもない。単調な話。
でも何故か飽きない。
芸達者達の演技、彼らを活かす脚本・演出。うまい。
コミカルな便利屋、優しげでもやることはやる兄、神経ピリピリ尖らせている主人公。そこに黙って苦難に耐えている母がいる。
戦争気分高揚、本土決戦等物騒なことを言い、騒がしい世間。それに比するかのように、物語はじっくりと、悠長に丁寧に進む。人としての礼節や人情が、静かに、気持ちよくしみわたる。
役者も顔や体の表情で絶妙な演技するが、それをじっくりと間をとって映像で見せてくれる。アンサンブルが絶妙。特に大きなトラブルが起こるわけでもないのに、わずかな動き・表情で、三人の関係性を描き出し続ける。
誰もが絶賛する、便利屋のカレーを食べる真似をするシーン。映画を語るシーン。何気ないシーンだが、映画の中の肝。軍部・政治に対する庶民の見識の代弁。こんなに、おおらかに、朗らかに、表現するとは。
母の佇まい。その凛とした姿に目を見張る。母は東京で木下監督の身の回りの世話を熱心にしていて、そのさなかに倒れたと聞く。そのエピソードだけを聞くと、マザコンか?と思いたくなるが、この母なれば、そんな、このためにならぬような甘えさせ方はしないだろうと、背筋が伸びてくる。その母の願いが監督の背中を押す。
主人公の母への思いは、周りの迷惑考えず、周りを巻き込んで強行してしまう。弟の特権であり、たくさんの人を使う監督のなせる技。いくらバスも道もがたがたで母の体に悪いとは言え、17時間の道行。「わがままぁ」と思いつつ、その想いに心打たれる。あの母なら、そうしたくなる気持ちもわかる。
それと、交差して、
仕事への鬱憤。時代背景は特殊なものはありつつも、現代もあるある感満載。誠心誠意、力を込めた仕事が、理不尽な理由で没にされることある。「やめてやるぅ」と大見得切りたい、そんな想いの具現化。でもわかってくれている人がいることを発見。自分のことのように嬉しくなる。
木下監督記念作品だけど、今の私達を描いた映画でもあるかと思う。
と、
役者はすばらしくて見応えあり、映像も綺麗で、たっぷりと見せてくれる。
なのに、鑑賞後一番印象に残るのは『陸軍』の田中絹代さん。
それって、せっかくの本編が勿体ないと思ってしまう…。
ラスト、木下監督作品のダイジェストが流れる。映像のみ。唯一大原麗子さんが演じた母のあのセリフのみが映画のまま流れる。そして、空に浮かぶ雲とリヤカーに寝る母に繋がり、エンドロール。
木下監督作品は上にも記した2本しか観ていないので、この映画で流れた場面がどんな場面なのか、今の私には理解できないが、監督がこの映画の為に切り取って、ラストに流した場面。
原監督の、木下監督を通して表現したかったことが集約されている部分。
田中絹代さんと田中裕子さんが重なる。品・美しさ・演技力。田中裕子さんが『陸軍』の母を演じていらっしゃるところをつい想像してしまう。
と考えると、『陸軍』のインパクトが残ってしまうことも計算のうち?
そういうことにしておこう。
木下惠介監督へのラヴレター。 この題材で映画一本作ったことに拍手👏
昭和初期から平成にかけて活躍した映画監督・木下惠介の、母親をリアカーに乗せて疎開したという実際の出来事を基に映画化したヒューマン・ドラマ。
監督/脚本は『クレヨンしんちゃん』シリーズや『カラフル』の、巨匠・原恵一。
主人公である木下惠介監督を演じるのは、『アウトレイジ』シリーズや『SPEC』シリーズの加瀬亮。
惠介の母、木下たまを演じるのは『もののけ姫』『ゲド戦記』の、レジェンド女優・田中裕子。
木下の疎開を手伝う便利屋を演じるのは『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』の濱田岳。
木下一家が泊まる旅館の主人、庄平を演じるのは『20世紀少年』シリーズや『カイジ』シリーズの光石研。
旅館の娘、やゑ子を演じるのは『桐島、部活やめるってよ』『悪の教典』の松岡茉優。
松竹のプロデューサー、城戸四郎を演じるのは『踊る大捜査線』シリーズや『ツレがうつになりまして。』の大杉漣。
木下が見かけた学校の先生を演じるのは『ソラニン』『おおかみこどもの雨と雪』の宮崎あおい。
なお、作中のナレーションも宮崎が担当している。
第5回 TAMA映画賞において、特別賞を受賞!
『クレヨンしんちゃん』シリーズでお馴染み、アニメファンなら当然知っている名匠・原恵一の初実写作品。
題材としたのは原監督も大いに影響を受けているという昭和映画界の巨人・木下惠介。
黒澤明のライバルといわれ、戦後映画界を牽引した偉大な映画監督。
恥ずかしながら、自分は木下映画を一本も観たことが無い💦
それどころか木下惠介という名前すら知らなかった…何という無知´д` ;
こんな木下惠介監督のことを全く知らない人間がみても、十分に良い映画だと思いました。
木下惠介生誕100周年記念作品ということで、木下惠介監督の偉業が伝わるように、彼の作品の実際の映像が作中に引用されますが、そのどれもが素晴らしく芸術的で木下作品を観てみたい!という気持ちにさせてくれます。
映画の内容は恐ろしく地味。昭和文学の香りが漂うミニマムな物語。
とはいえ、母と子の物語かつ喪失したアイデンティティの再発見という物語なので、誰もが共感し感動する映画になっています。
加瀬亮とユースケ・サンタマリア、そして濱田岳のロードムービーという側面もあり、この3人のアンサンブルも見所の一つ。
ぐっと抑えたユースケ・サンタマリアの演技が光っている。
特に濱田岳の演技が素晴らしい。ちょっと厚かましい青年の役をやらせると、本当に濱田岳は上手い!
中々良作だと思うが、気になる点もいくつかある。
まず冒頭、木下惠介と松竹のお偉いさんの大杉漣の会話シーン。ここが説明的すぎる…。
いかにも演技してます感が、ちょっとな〜と思ってしまう。
冒頭でもたついてしまって、物語にスッと入り込めなかった感じ。
それと空襲のシーンが一つもないのは、やはり予算の関係だろうか。
やっぱり戦時中が舞台の映画では燃え上がる炎の恐怖を見せて欲しい。
意外と木下惠介と母親が差し向かうシーンがないのもあれっ?と思った。
何故木下惠介がこれほどまでに母親孝行をするのか、そこはもっと掘り下げられたのではないだろうか?
長旅で乱れたお母さんの髪を、惠介が櫛でとかすシーンは非常に素晴らしかったので、もっとこの親子の関係を描いて欲しかった。
あとは木下惠介作品の引用部分。
引用自体は良いんだけど、ちょっと長すぎやしませんか?正直、映画全体のテンポが悪くなっている。
あえて長尺で引用しているのだろうが、もっとスマートにした方が良いと思う。
少々不満点も書いたものの、心に染み入る良い映画なのは間違いない。
優秀なアニメ監督は、やはり実写を撮っても優秀なのだということを証明した一作。
8月に観る映画としては最適です!
子として、母として思う当たり前のこと
本当に作りたい映画
劇映画と言うよりも、木下惠介監督の作品を紹介し、その画に込められた思いを辿るというドキュメンタリーに近いタッチ。
戦時中は軍部の圧力により撮りたいものを撮ることができなかった。
では、戦後は好きなものを映画監督は撮ることが出来たのだろうか。自分の欲する表現手段を用いることが常に可能だったのだろうか。
戦争中は抑圧されたが戦後から現在は自由だ、などという見方は恐らく一面的なもの過ぎないだろう。作っているのは映画なのだから、スポンサーや観客の好みに合わなければ日の目を見ることはない。
濱田岳が演じる便利屋が「陸軍」を観た感想を、その作品の監督とも知らずにこっそりと語らねばならないことこそが、思想・表現の自由の問題の本質なのである。
観客が自分の好み、感想を誰はばかることもなく口にすることができる状況ならば、権力者の抑圧など無力だ。観客が金を払えばスポンサーはついてくる。
しかし、観客が周囲の意見を気にして、自分の意見を表明することが出来ない状況では、製作する側も観客の心に届けたい作品を作ることは出来ないはずである。
この意味で、戦後から現在に至るまで、本当に映画監督は撮りたいものを撮ってきたのだろうか。観客の反応を直接確かめる機会が少なる一方ではないだろうか。
大きな宣伝費用をかけて大量にメディアに露出させるモノだけが存在するかのような感覚のなかで、いったいどれだけの観客が自分の好きな映画を観る機会に恵まれ、その感想を語ることができるというのだろう。
いやいや、今はキネノートがあるからこそ、古今東西のいろいろな映画を観た様々な意見・感想に触れることができるではないか。劇場に足を運んで映画を観よう。そしてどんな小さなことでも、映画を観て思ったことを書き残そう。
原恵一的嗚咽
サッパリイイ
カレーライスが食べたくなった
良作
伝記映画として正しいあり方。
苦難の道ははじまりのみちへ繋がる
「クレヨンしんちゃん」の映画で名作の誉れ高い「オトナ帝国」と「戦国大合戦」。
個人的にこれまで見たアニメ映画でベストの大傑作「河童のクゥと夏休み」。
これらを手掛けたのが、原恵一。現日本アニメーションを代表する一人。
そんな原恵一初の実写映画となった本作。
その題材は、原が敬愛してやまない木下恵介。「カルメン故郷に帰る」「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾歳月」などなど日本映画史に残る名作で知られる名匠中の名匠。
僕は木下作品も原恵一の作品もどちらも大好きなので、これは見逃せない一本だった。(公開規模が少なかったので見たくても見れなかったが、レンタルリリースでようやく鑑賞)
1944年、戦意高揚映画として作られた「陸軍」だったが、ラストシーンが当局に睨まれ、次回作の製作が中止。納得いかない木下は松竹を去る。実家に戻った木下は疎開先まで病弱な母をリヤカーに乗せて峠超えをする…。
ただの伝記映画ではなく、知られざる若き日のエピソードを題材にしたのがいい。
作りたい映画が作れない=峠超えの苦難の道とリンク。
その道中での体験がまた映画界に戻る“はじまりのみち”となる。
原恵一の演出は非常にシンプルで丁寧で好感。
木下恵介への溢れんばかりのオマージュが熱い。
便利屋とカレーライス、小学校の先生と生徒たち…後の木下作品を彷彿させるシーンにニヤリ。
題材の一つである「陸軍」のラストシーンをそのまま引用したり、映画のラストでは木下作品の名作の数々を紹介したりと、木下恵介を知る世代にはまた感動を滲ませ、知らない世代には興味を抱かせる親切な作り。
まるで原が、自分の作品より木下作品を見てほしいと言ってるような気がした。
加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳ら個性派&実力派。
木下恵介に扮した加瀬亮の素朴な佇まいが素晴らしい。
脳卒中で倒れた母を演じた田中裕子は台詞がほとんど無いのにも関わらず、母の愛情を体現。
特筆すべきは、名も無き便利屋役の濱田岳。一見お調子者だが、コミカルな性格が作品に唯一のユーモアを与えてくれる。また、木下に再び映画作りの情熱を思い出させてくれる美味しい役所。
親子の愛情、人と人の交流、映画への情熱、木下作品へのオマージュ、反戦の訴えなど、旨みのある要素を詰め込み、これで90分強!
映像も美しく、温かい感動も味わえる。
原恵一、見事!
是非多くの人に見て貰いたい秀作。
木下恵介監督
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