「澄み切った嘘と、煤けた真実。」真夏の方程式 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
澄み切った嘘と、煤けた真実。
劇場版の前作『容疑者Xの献身』は鑑賞したが、
実はドラマシリーズはほぼ観たことがない。
『顔は良いけどヘンクツな物理学者の活躍する殺人ミステリー』
という最低限の知識しかない人間のレビューですがひとつ。
『容疑者~』も良い映画だったと思うが、テレビシリーズ未鑑賞の
自分からすると、シリーズの雰囲気をそのまま引っ張ってきたと
思しい部分は物語から完全に浮いていたように思う。
けれど今回はその違和感は殆ど感じず、テレビのスペシャル版
ではなく一作品として、前より纏まっているいように感じた。
前作と同じく派手さはないが、丁寧にドラマを描く姿勢が好印象。
トリック(どうやって)よりも動機(どうして)を重視したサスペンスだ。
旅館を経営する一家と過去の事件との関連がじわじわ明かされ、
互いの抱える想いが明らかになっていく展開に引き込まれる。
そして、主人公・湯川と恭平少年の交流も、
単なる微笑ましい交流では終わらない重さがある。
成長する恭平の姿と、海の開発を巡る争いを通して物語は語る。
自分に都合の良い事実だけを知っただけでは、
その物事を本当に知ったとは言えない。
自分に都合の良い事実だけを守ろうとすると、
必ず他の誰かが不幸になる。
知りたい事実も知りたくない事実も受け止めてこそ、
人間は最善の道を選択できるのだと。
前田吟演じる旅館の主人。
彼の嘘は、愛する家族を守る為の綺麗な嘘だ。
けれどその嘘を守り通す為に誠実な人間を1人殺し、
無垢な子どもにまで罪を負わせた事はやっぱり最低だ。
結果として、愛する家族にさらに重い枷を強いる事になった訳だし。
何よりあの少年は背中に背負ったペットボトルロケットの重さを
一生忘れられないだろう。真実を知る事の喜びと苦しみを。
大きく成長したとはいえ、あんな歳でそれを知らなきゃ
ならなかったのは、やっぱり不幸だと思う。
ペットボトルロケットの中で、波に揺られるあの笑顔。
慕っていた人に騙され、世の中には綺麗な表面からは見えない
醜い事実もあると知った後で、あの子はこれから、
あんな風に純粋に笑えるのだろうか。それを思うとやりきれない。
そんな重い物語だったにも関わらず、観賞後の後味は爽やかだ。
「僕も一緒に悩み続ける」という湯川の最後の言葉が、
これからも少年の心を支えていくだろうと分かるから。
あれが恭平を気遣う言葉であったのは間違いないが、
湯川自身もまた、善とも悪とも分類できない人間について
思うところがあったのかもしれない。
ただ不満点として、
きっかけとなったホステス殺人事件の動機が弱いのは気になった。
自分の出生に気付いて混乱していたとしても、わざわざ相手を
追い掛けてまであんな行為に及ぶのは些か無理があると思う。
それと、真相が明らかになってから、殺された老刑事について
何の言及もない点も気になった。恭平も可哀想ではあるが、
善意からの行動が元で殺された彼にも
もう少し触れてあげても良かったんじゃないかな、と。
しかしながら、良い映画。
良い物事でも悪い物事でも、人は成長できるという優しいテーマ。
見終わってからちょっとだけ心が広くなれた気がした。
綺麗な海や花火も一足早く観られたしね。
〈2013.07.05観賞〉