インターミッション : インタビュー
【銀座シネパトスへ捧ぐ】樋口尚文監督×染谷将太が放つ日本映画への“男気”
2012年7月、「銀座シネパトス閉館」という映画ファンには衝撃的なニュースが駆けめぐった。同館で日本映画を検証する数々の特集上映にかかわってきた映画評論家・樋口尚文氏にとって、穏やかならざる心情であったことは想像するに難くない。そんな樋口氏は、3月末で閉館する同館を舞台にし、日本映画黄金期の大スターからインディペンデント映画の若手ホープまでもが総出演する映画「インターミッション」を自ら撮り上げた。なかでも、主人公となる名画座の支配人夫婦を演じた秋吉久美子と染谷将太は、異色の組み合わせ。ほとばしる同館への思い、日本映画への愛情について、樋口監督と染谷が語った。(取材・文・写真/編集部)
物語の舞台となる銀座シネパトスの歴史は1967~68年、銀座の中心部に近い三原橋地下街に「銀座地球座」「銀座名画座」としてオープンしたところから始まる。これまでに、日本を代表する巨匠や名優の作品を特集上映したほか、出演俳優たちによるトークショーも開催し、多くの映画ファンたちに愛情を注がれてきた。しかし、同地下街の耐震性の問題で取り壊しが決まり、閉館を余儀なくされた。
樋口監督は当初、「“さよなら興行”みたいなことをやって終わるのかな……と思った」という。だが、「パーンとひらめく感じで『ここは映画館なんだから全天候型でいつでも撮影できる。もしかしたら、映画を愛するキャストさん、スタッフさんに声をかけていけば映画が撮れるんじゃないか』と感じたんです。ただ、お金もないし根拠はありませんでした」と述懐。そして、コンセプトを掘り下げていった。
「テーマは、閉館する映画館をしのぶノスタルジーではないわけです。シネパトスの良さというのは、昭和の文化のエッセンスみたいなもの。陽だまりみたいに平和な時代で、そのメッカだった。映画的にいえば、フィルムがなくなりデジタルになっていく。同時に、震災によって昭和のうららかな陽だまりがなくなり、殺伐とした元気を失ったものになっていった。その象徴であるパトスが潰えてしまうのはある種、必然ではないかと。つまり、それをどうとらえるのか。選択肢は2つあった。しみじみとしたノスタルジーととらえるのか、これを起爆剤に昭和の良いスピリットを申し送りするのか。僕は、絶対にしみじみとした後ろ向きな映画は撮りたくないし、昭和のはっちゃけた、無茶が許されたものを次世代に申し送りするものにしたかったんです」
こうして、「インターミッション」の骨格が明確なものとなっていった。樋口監督の英断に多くの俳優、スタッフが賛同し、手弁当での撮影参加を決意。香川京子、小山明子、水野久美、竹中直人、佐野史郎ら名優をはじめ、寺島咲、杉野希妃、奥野瑛太、森下悠里らインディペンデント映画をけん引する若手も顔をそろえた。そして、秋吉とともに重要な役どころを担う染谷も、オファーを快諾した。
樋口監督にとって、秋吉と染谷の2人は今作製作に際して必要不可欠な存在だったそうで「この2人が『うん』と言わなかったらダメだと。口説いてみて、どちらかに断られたらやめようとすら思っていた」と強いこだわりを明かす。その理由を、「昭和を象徴する、僕らが栄養をいただいていた作品を担っていたヒーロー、ヒロイン。これが秋吉さん。そして、平成生まれの染谷さん。年齢の問題ではなく、昭和が持っていた良い部分を継承しているかた。彼はパトスにゆかりはないけれど、パトスの向こう側にある昭和のはっちゃけた無茶をやってくれそうだと感じていたのです」と説明する。
熱烈なオファーを受けた染谷は、「台本以前の問題です。参加することに意味があるという。つまらわないわけがないし、以前から樋口監督とお食事をご一緒させていただいて、この企画についてうかがったときも、何も断る理由がありませんでした。喜んでやらせてくださいという感じでした」と笑みを浮かべる。撮影時、樋口監督からは「ひたすら『かましてください』と言われ続けていました(笑)。プレッシャーを感じるくらいに。それが僕に対しての演出でしたね。かませたかどうかは分かりませんが、自由にはやらせてもらいました」と手ごたえをつかんでいる様子だ。
また、夫婦役ゆえ必然的に共演シーンの多い秋吉について「僕が気をつけたことは、秋吉さんに変に気を遣わないということでした。大ベテランですが、奥さん役ということもあるので、人として最低限のご挨拶とかはしますけれど、機嫌をうかがったりしないようにとか……。ドン! と現場にいらっしゃるので、逆に乗っかることができましたね」と振り返る。樋口監督も、「染谷さんには『秋吉さんを食べちゃって!』とお願いするわけです。その一方では、秋吉さんに『染谷君を本気で蹴っちゃってください。やっちゃってください!』と無茶を強要しまくっていました」とニヤリ。樋口監督とキャストとの強固な信頼関係あってこそ成せた業といえる。
映画はタイトル通り、劇場の休憩時間に展開される、ユニークな観客たちの会話劇が織りなすブラックコメディだ。全編いたるところに樋口監督のこだわりがちりばめられ、それは染谷の着用したカツラにも反映されている。今作で染谷のために金髪のセミロングのカツラが用意されたが、樋口監督は「この辺にいないような、特異で怪しい妖気をはらんだ美少年ということでやりたかったんです。ところが、『永遠の0』という映画で坊主になっておりまして、がく然としました」と明かす。そして、「ちょっとこれは……ということでカツラを至急用意してもらおうということになったんです。特殊メイクさんが『どんなイメージなんですか?』と聞かれたので、これで!と『ベニスに死す』のタジオ(ビョルン・アンドレセン)の写真を見せまして。バカ受けしていましたね」と、してやったりの表情を浮かべる。
樋口監督は、撮影現場でもインタビュー中でも終始一貫して穏やかな口調で、学生時代に自主映画を製作していたとはいえ、染谷に注がれる穏やかな眼差(まなざ)しは商業映画初監督とは思えない。そんな樋口監督が若かりし頃に撮った作品を激賞したのが、他でもない巨匠・大島渚監督だった。今作には妻の小山が出演しているだけでなく、エンドクレジットには「賛助 大島渚」とあるように、資金援助も受けたという。現在も大島家とは交流が続いており、「監督とは30年以上のお付き合いになります。最近もお会いしてきましてね。うれしかったのが、昔、自主映画を撮っていたとき『こいつは面白いやつだ』とおっしゃってくださって。監督の自宅に住所録があるのですが、僕の名前が評論家ではなく監督の欄に入っていたらしいんですよ。『こいつ、いつか何かやるだろう』と思ってくださっていたのでしょうね」と思いを馳せる。誰よりも今作の完成を喜んでいるのは、大島監督かもしれない。
今作は、2月23日から同館の最終上映作品として公開される。樋口監督が「インターミッション」に込めたメッセージからも読み取れるように、同館のフィナーレに感傷的な気持ちは似合わない。染谷が「映画館って好きでよく行くんです。なくなっていくということは、時代が流れているから仕方のないことだと思うんですが、それが良い方向に行くのならいいのですが、退化しているように思えるんです。どうにかしたいと軽々しくは言えないですが、何とかならないのかなとは思います」と語るように、今作が樋口監督、そして染谷が愛してやまない日本の映画業界へ一石を投じる役割を果たしてくれることを切に願う。また、日本映画史に名を刻んだ樋口監督の第2章を、首を長くして待とうと思う。