「偉業の内幕。千里の道も一歩よりの一里塚。(後半ネタバレ)」リンカーン とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
偉業の内幕。千里の道も一歩よりの一里塚。(後半ネタバレ)
スピルバーグ監督の作品を鑑賞するのは、まだこれで11作目だが、監督作品に期待するような、想定外のカタルシスは、この映画では得られない。
監督のせいではなく、私が無知なためなのだが。
奴隷制廃止の法案を成立させるための攻防を、家族とのエピソードも交えながら描く。
法案成立、内戦終結、どちらが優先か。
人によって、その重点が異なる。
リンカーン大統領と国務長官はどちらも捨てたくない。終結した後では、法案は成立しない。それゆえに、ロビイストも使い、きわどい駆け引き・強引な指示・嘘を駆使して事を進めていく。
とはいえ、終結しなければ、無駄な血が流れ続ける。そのことに心が引き裂かれる思いを抱え、時に迷い、苦悩する。だが、否、だからこそ、強靭なリーダーシップを発揮して事を進める。
果たして、案は成立するのか?終戦は?最初に暗示される暗殺と、史実として「法案成立」を知っていても、ハラハラする作りになっている。
リンカーンの偉業が単独で語られることが多いけれど、実は周りにはいろいろな人がいて。
リンカーンよりも急進的な人。廃止はしたいけれど強く出られない人。そのままでいいじゃないかと思う人。廃止のために暗躍する人。そんな議員を選出した選挙民。その人たちの思いが結実した偉業。
それでも、あれだけのリーダーシップを発揮しなければ成しえなかった。人道的な思いがリンカーンとしての偉業なのではなく、その戦略・その実効性が彼を偉人たらしめたのか。
そして、”自由”の意味も。
”自由”のために闘ってきたけれど、”自由”を手にしたら、何をしたらよいかはわからない。
それでも、ケックリー(リンカーン家の家政婦)が言うように、人としての矜持なのだろう。
それぞれの役者も見事。
デイ=ルイス氏、フィールドさん、ジョーンズ氏は他の方も絶賛。
に加えて、私の推しはストラザーン氏。国務長官と言う懐刀をひょうひょうと演じられている。育ちのよさそうなふるまい。切れ者。大統領の側に控えて、視線を動かし、場の状況を見極めようとするさま。質問をはぐらしがちな大統領の本音を探ろうとする。つい、国務長官の視線がどこを向いているかに注目してしまった(笑)。
議員は、正直誰が誰やら。イェーマンを演じていらっしゃったスタールバーグ氏をはじめとした数人が見分けがつく程度。(スタールバーク氏って『女神の見えざる手』でロビイストを演じ照らした)でも、自分の政治家としての基盤と暮らし、国の行く末を賭けて、熱くなり、怯え、葛藤している様を熱演。迫力。
そして重厚な落ち着きのある映像。窓から漏れる光と、ランプだらけの部屋。
感情を先導・煽ることのない音楽・音響。
歴史絵巻を紐解く感覚。
と酔える要素は満載なのだが、鑑賞後は、それまでの歴史認識の間違いを正され、ショックを受け、カタルシスが吹っ飛んでしまった。
冷静に考えれば、そりゃそうだということなんだけれど。
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≪歴史的事実なのだけれど、以下内容に触れています。ネタバレになってしまっていたらごめんなさい≫
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南北戦争とは、奴隷制廃止を求める北軍と、奴隷制存続を求める南軍との戦いだと思っていた(本当はもっと複雑な思惑が絡んでいるらしい)。
えっ?!あの『奴隷解放宣言』て、戦時中限定のものだったの?!!!
だから、それを終戦後も永続させようとして修正案=奴隷制廃止法案が必要になるわけだが。それすらもUSAでは州が批准しないと有効ではないって…。尤も、どこぞの州は批准していないことに気が付かないまま奴隷解放が成立していたが。
そして、北軍は認めていないけれど、南軍はアメリカ合衆国から、アメリカ連合国として独立したことになっていて、独自の大統領も擁立している。
と言うことは、あの、下院に集まっていたメンバーは全員北軍?
北軍の中にも奴隷制存続を求めるものがあんなにいるんだ。
私の認識は混乱する。
国務長官に「終戦よりも、法案成立が先」と決心させる陳情夫婦は、陳情に来るくらいだから北軍?それでも、終戦のために奴隷制廃止が必要と思っているけれど、終戦したら奴隷制は存続を希望するって…。
存続を願う理由。
南部が「財産が!」と叫ぶ。奴隷=財産と言うだけでなく、奴隷がいなくなったら、あの大農園の維持ができない。今の日本と同じ、働き手が確保できなくて廃業する企業。
”自由”を与えたら、暴徒化するからって。仕返しされるようなことをやってきたという自覚はあるのか。可能性はなくはない。着の身着のまま放り出されたら、生活が成り立たなくなったら、実力行使するしかない輩もいるだろう。
このあたりの理由は、他に解決策あるだろうと思うけれど、理解はできる。
それより信じられないのは、人種としての平等はあり得ないと叫ぶ輩!!!あんなにいるんだ。しかも議会で。ヤジではなく、”正論”と信じて叫ぶ・叫ぶ。
かつ、ここに再録したくないような発言・認識の数々。
なんだこれは?!!
人としての尊厳を認めているわけではないのか。
当然、選挙権も与えることも拒否。(女性もこの頃選挙権なかったけれど)
ここ、北軍の集まりだよね?
南軍も入っていたの?
そして、最終的に、法案は「人としての平等」ではなく、あくまで「法の下での平等」ということで、可決される。
え?!そうなの?
勘違いをしていた私は思いっきりショック。カタルシスがふっとび、後味の悪いものになる。
とはいえ、とりあえず、奴隷と言う制度をなくさないと始まらない。
そう、今に続く長い道のりの一里塚。そういう意味では、やはり偉業なのだ。(無理くり納得)
≪蛇足≫
☆息子ロバート。周りが戦場に行って、募る気持ちはわかるけれど、命かけて戦っているのは君の親父も同じだぞ。親父を側で支えんかい!とどつきたくなった。
演じられたゴードン=レヴィット氏が、これまた、青臭さを振りまいてくれる。
☆デハーン氏の出番てあれだけ?編集で削られたのだろうか?
では、この映画の中の誰と役を取り換えたらよいかと言っても、当てはまる役ないのだけれど。勿体ないなあ。