「平和か、正義か」リンカーン REXさんの映画レビュー(感想・評価)
平和か、正義か
あまりにも有名な奴隷解放宣言。 しかしそれは、法的に平等を約束するものではなく、効力もほとんどなかった。 彼が本当になした偉大な功績は、「アメリカ合衆国憲法修正第13条」の可決。
原文「第1節 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とするときを除く。 第2節 議会はこの修正条項を適切な法律によって実行させる権限を有する。」
映画はこの憲法修正案を可決するまでのリンカーンの戦いを描く。
「人間は平等であるべき」という信念のもと、修正案を通過させたいリンカーン。
泥沼化した南北戦争に終焉がみえはじめ、南部が停戦を申し込むという噂がたつ。しかし、修正案を通過させれば奴隷制を維持したい南部が徹底抗戦に翻る可能性があった。
側近達も「平和か正義か」を秤にかけたときに、修正案通過よりも南部との停戦に傾きかける。 それでも揺るがないリンカーンは、側近達に敵対勢力、民主党の切り崩しに取りかかるよう命じる。 賄賂を使ったり和平を結びに来た南部の使者の存在をもみ消したりして、要するに裏工作させるのだ。
平和か正義か、正義のためなら多少の悪も許されるか。
卑怯者になりたくない!と軍に参加してしまった長男や、次男をなくした哀しみから戦争を早くやめてと哀願する妻に悩みながらも、それでも一時の平和より正義を選ぶリンカーン。
色々考えさせられます。
それよりも印象に残ったのは急進派のス ティーブンス議員。 「黒人に選挙権を」という、奴隷解放どころか何段階も飛び越した「とんでもなく過激な」主張をもち、 長年冷笑と嘲笑に蔑まされてきた彼が、リンカーンに「まずは修正案の通過に協力を」と説得される。
ややこしいところだが、リンカーンとス ティーブンスは思想のベクトルは一緒でも、 スティーブンスは修正案の内容には不満だったらしい。
浅学なので誤った見解かもしれないが、修正案は奴隷を禁ずるだけであり、 「どの人種も生まれながらに平等である」こ とをあきらかにするものではないから…だと思う。
「生まれながらに平等である」ことを証明するには選挙権が必要で、選挙権があればこそ、初めて国民といえるから。
そんなスティーブンスが、民主党議員から議会で証言を求めらる。
「あなたが求めるのは、人種の平等か。それとも、法の下の平等か」
もちろん民主党員は彼が「人種の平等」を望んでいることを知っていて、「リンカーン派」の牙城を崩すために質問したのだが、スティーブンスは「法の下の平等」と答えるのだ。
この場面は本当に重い。リンカーンに託したものの大きさがわかる。
その一方で、立法主義であるアメリカの本質的な姿が際立った一場面でもあった。 法が全ての国。
ダニエル・デイ・ルイスとスティーブンを演じたトミー・リー・ジョーンズ、二人の名演なくしては見られない。 派手な演出はなく地味だし、一言も漏らすまじと真剣に見ていないと、議会で繰り広げられていることの重大さに気づきにくい。
「解放されたらどうする?」との問いにリンカーンの黒人メイドは言った。
「わかりません」と。
「自由になることに必死で、 その先の道は誰も示してくれなかったから」 と。
結果を怖れてばかりではなにも変わらない。法が間違っているのなら、その法を変える勇気や信念を持つこと。常に疑問に思い、常に考えること。
この映画のリンカーン像が実像とどれだけ近いのかはわからないが、民主主義とは何かということを一考させられる映画だった。