「虚と実に通底する愛と死」菖蒲 arakazuさんの映画レビュー(感想・評価)
虚と実に通底する愛と死
もしも、主演女優の夫の病状悪化という事情がなかったら、原作小説に沿ったオーソドックスな文芸ドラマになったんだろう。
しかし、監督のアンジェイ・ワイダが出演依頼した、そのタイミングでマルタ役クリスティナ・ヤンダの夫のガンの転移が発覚する。
彼女にとって夫の状態は勿論気になるが、女優としてはアンジェイ・ワイダの仕事を断りたくはなかっただろう。
彼女はこの仕事を心が引き裂かれる思いで引き受けたに違いない。
それを身近で見ていた監督はこう考えたのだろう。
これこそ、“愛と死のドラマ”だ、と。
こうして本作は、マルタの物語とクリスティナの物語は彼女自身のモノローグによって、交互に語られるという斬新な構成になっている。
この世界的巨匠の柔軟な試みにも驚かされるが、少し皮肉に感じるのは、マルタの物語をクリスティナの真実の物語が圧倒してしまっているところか。
夫が亡くなったその日にも舞台に立ったという彼女のモノローグは、
「私はなぜあの日舞台に立てたんだろう?」という言葉で終わっているが、それは、愛する人の死までも映画にしてしまったという自身の女優の業に対しての自戒の言葉にも聞こえた。
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