劇場公開日 2013年1月26日

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つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語 : インタビュー

2013年1月24日更新
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阿部寛&行定勲監督が奏でた究極の愛の行く末

直木賞作家・井上荒野氏の小説を映画化した「つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語」は、メガホンをとった行定勲監督をして「狂おしいくらいの愛を全うさせる恋愛映画」と断言する。“その中心で、愛を全うする”のは阿部寛。初顔合わせの2人が奏でる究極の愛の行く末とは? その答えは、行定監督が「理想の俳優像を見た」という阿部への最大級の賛辞に集約されていた。(取材・文/鈴木元、写真/本城典子)

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「監督、何キロやせましょうか?」

阿部が、行定監督との初めての打ち合わせで発した第一声である。いきなりという印象も受けるが、松生というキャラクターへの強いこだわりがうかがえるひと言だ。松生は、昏睡状態となった妻・艶が過去に関係を持った男たちの遍歴をたどることで自らの愛の大きさを量ろうとする。その愛の強さゆえに狂気を帯びるほどやつれているという設定で、話し合いの中で阿部が導き出した数字は11キロ。これにも根拠はないが、経験値によるものだそうだ。行定監督も面食らうと同時に、感動を覚えた。

「台本の空いているところに、11キロって書かれたんですよ。それがものすごく印象的で、(撮影で)現れたときに体現するとはこういうことなんだと。ただやせるというモチベーションではなく、アプローチが素晴らしい。というか、アプローチを超越している。デ・ニーロ・アプローチみたいに、見てくれだけをやせてどうだという俳優はいるけれど、精神をつくるために肉体が必要だということをきっちり、側面までとらえてもらったんだということに感銘を受けました。こういう俳優がもっと増えてくれればいいのになって思いました」

その成果は、松生が一心不乱に包丁を研ぐ冒頭のシーンからいかんなく発揮されている。ほおはこけ、目元もくぼみがちで思いつめたような表情。何やら不穏な空気が漂うが、阿部はこのシーンのために、家にある包丁をすべて研いで練習したという。

阿部「(撮影用に)借りた包丁も研いだんですけれど、その刃先がだんだん短くなっていくんですよ(笑)。本番で使うときにやばいなと思いながらやっていましたね」
 行定「最初に練習をしたときは全然できなくて吹き替えが必要かなと思っていたら、本番の日は職人さんが『完璧ですね』って。包丁のアップはあまり使わなかったけれど、研いでいる音も阿部さんがやっている音だから、顔のアップで音がしている方が映画的だった。あれは良かったですね」

ヘアメイク:丸山良、スタイリスト:土屋詩童
ヘアメイク:丸山良、スタイリスト:土屋詩童

松生は艶の最初の相手となったいとこ、元夫らと次々に連絡をとり、その周囲にいる女性たちの心にさざなみを立てていく。言葉にするとサスペンスの趣だが、「つやのよる」は紛れもない恋愛映画といえる。阿部も、艶をひたむきに愛する松生には大いに共感を覚えた。

「松生はすごく純粋な男で、すごく懐かしい気がしたんです。10代や20代の一直線に走っていく恋愛のようなものに帰っている人なんだと思った。決して暗い男ではなく、遊び心があって自分も楽しんでいるようなところもある魅力的な役。よくここまで狂った役をいただけたなと感謝しています」

その阿部の真摯な取り組み方に、行定監督もすっかり魅了された様子。松生のシーンに関してはテストの段階からカメラを回し、たとえセリフが違っていてもそれが松生だと思えば迷わず採用しているほどで、賛辞を惜しまない。

「現場の空気の中でつくられていくものが、もう松生でしかないんです。だから、思い込みでセリフが違っていても許せちゃう。リアルじゃないといけないのに、誇張してつくっている感じが全くしない。それくらい取りつかれたようになっていて、段取りや立ち位置くらいは決めたけれど、体と精神がつながっているのでドキュメントじゃないけれど、何をやっても撮っていいんだという安心感があった。本当に仕事がしやすい。僕が理想とする俳優像がここにいたって感じがあります」

これには阿部も、「て、照れるな」とはにかむことしきり。それでもうれしいことに変わりはなく、撮影では濃密な時間を過ごし手応えがあったことを強調する。

「僕の役に関しては、役者に寄り添うように後ろからフッと支えてくれるような演出をしてくださいました。ちょっと分からないことも、耳元でささやいてくれたので本当に助かりました。いろいろなチャンスをいただけるというか、毎回毎回、こうかなと思うことをやらせていただいて、その中で一番いいものを選んでくださるので、役者にとってはすごく心地良い時間だった。すごく充実した撮影をさせてもらいました」

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松生によって心を揺さぶられる共演の女優陣は、小泉今日子、野波麻帆、風吹ジュン、真木よう子、忽那汐里、大竹しのぶと豪華そのもの。だが、阿部が実際にセリフを交わす共演シーンがあるのは風吹と忽那だけだ。内容は熟知しているものの、自身とは別で撮影されているシーンとの距離感をどのように意識して演じていたのだろうか?

阿部「松生は艶という中心になるものを持っていて、男たちを動かすと同時に女の人たちもザワザワさせていく。すべてに響かせていこうと想像しながらやっていましたけれどね。でも、全くバラバラの撮影だから実際はどうなっているのか、映画を見るまでは分からなかった。(完成品を見て)周りはすごいことになっているなって(笑)。僕も冒頭からすごいことしちゃっていますけれど」
 行定「そんなもんですよね。でも、阿部さんが映っていないところの充足感がすごいんですよ。演出した側からすると、阿部さんの想像の濃さがあるからなんでしょうね。今までにない、ちょっと変わったタイプの群像劇になっていると思います」

なるほど。確かに、女性たちが艶の存在を知り、行動を起こしたり思いをめぐらせたりする背景には、松生がほくそ笑んでいるような表情が容易に浮かぶ。その阿部のシーンは、主に伊豆大島で撮影された。そこで、減量も含めて大きな“武器”となったのがママチャリだ。

「体力を落とさずにやせようと思って、スポーツクラブに行ったんですけれど、松生は忙しそうにしているというか、自転車で行ったり来たりしているだろうなと思って、実際に現場で自転車をこいで、やせているけれど足だけは筋肉質になっている、ちょっとバランスがおかしい感じにしたかったんです」

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しかも、撮影の合間やカットがかかった後も地に足をつけることなくこぎ続けていたという徹底ぶり。長い坂道が連なる大島の風景とも見事に融合し、特に風吹と2人乗りで坂を上がるロングショットは本当に苦しそうだ。行定監督も常に“輪乗り”をしている阿部のタイミングで、「よーい、スタート」をかけたそうだ。

阿部「例えば1キロ、2キロ走ったときの気持ちの温度があって、それが演技だと近づきづらい。だから、実際に走っちゃった方が楽だったりする。でも、(2人乗りは)本当にきつかった。立ちこぎができないし、1人乗りとは全然次元が違った」
 行定「あれ、カットを割ってないからマジですよね。顔が見えてきたら、ああ、これ本当に疲れているなって感じでしたから。だけど、おかしいですよ。主演俳優がずーっと自転車でグルグル回っているんですから。僕の方が気を使って、阿部さんがいい頃合いになったところで『よーい』、こっちを向いたら『スタート』という感じ。助監督も困っていました」
 阿部「あの自転車、すごく体になじみましたよ」

阿部という理想の俳優との出会いによって、「つやのよる」の出来には納得した表情を見せた行定監督。既にさらなる創作意欲をかき立てられているようだ。

「本当に人を好きになるということはこういうことだと、阿部さんが演じる松生に表れている。愛を全うさせるという意味では、恋愛映画を撮らせてもらったと思っている。やっぱり阿部さんの取り組み方が好きなので、今後ともよろしくお願いしますという気持ちがあって、こういう役をやったら面白いんじゃないか、ちょっと違う部分も見てみたいと、早速次のことを考えたりしています」

「こういう立ち位置でやらせてもらい、本当にうれしく思いました」と振り返る阿部が今後、どう応えていくか。2人の次なる展開を期待してしまうのは、早計だろうか。

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