劇場公開日 2013年2月9日

脳男 : インタビュー

2013年2月8日更新
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二階堂ふみ、愛してやまない日本映画のために抱く大志

名優・仲代達矢は、「仲代達矢が語る日本映画黄金期」(春日太一著、PHP新書)で、「今は、役者という存在自体がずいぶんと減ってしまった気がしますね」と嘆いている。とりわけ日本において、「映画俳優」は今や死語といえるかもしれない。だが、二階堂ふみは「それって寂しいですよね。ぜひ、そうなりたいです」と言い放つ。世界水準での日本映画の隆盛を願う、大局を見据えての発言だけに説得力がある。日本映画に危機感を募らせ、自ら現状打破の礎になろうとする芯の強さも併せ持つ。さらなる大成を期待せずにはいられない。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)

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眉(まゆ)毛のない陰うつな表情だけで、十分に恐怖心をあおる。一転、狂気を帯びた笑みをたたえ凶行に及ぶ露悪的な立ち居振る舞いには戦慄すら走った。「脳男」において二階堂が演じた連続爆弾魔・緑川紀子の“徹底悪”は、すべての感情を排除したピカレスク・ヒーローとなる主人公の脳男(生田斗真)を時にりょうがするほどだった。

「あまりにも非現実的な役柄ですけれど、そこにどう妙なリアルさを出すかを課題にしました。絶対に共感はできないし、共感する必要もないなと思ったので、監督と話し合いながらひとつひとつのシーンを丁寧にやっていった形ですね」

まずはその見た目に圧倒される。眉毛はいったんは脱色したものの、どうしても見えてしまうため完全にそり落とした。女性が眉をそるという行為は、相当な勇気がいることだと思うが…。

「生えてくるからいいやと思ってそりましたね。眉毛のないモデルさんを見て素敵だなと思っていたんですけれど、自分の顔は眉毛がないと成り立たないと確認ができたので良かった。眉毛がなきゃ、かわいくないなって。まあ、緑川にかわいさは必要なかったので、見た人にかわいかったって言われると、多分、すごくムカつくと思います」

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加えて、瀧本智行監督からは「病的にやせてくれ」という注文を受け、5キロ減量。撮影中もほとんど食事をとらなかったそうで、当時17歳の育ち盛りの体には相当こたえたはずだ。

「ご飯を食べられないので、自然とイライラしていましたね。炭水化物、肉、糖分は取っていなかったので、学校の保健室の先生に『成長期だからやめろ。これ以上やせないから』と言われていたんですよ。途中で血が足りなくなったので肉を食べたんですけれど、撮影中は(減量が)体にきていましたね」

まさに壮絶の一語。だが、撮影はさらに過酷を極める。クライマックスとなる生田との死闘でクランクアップを迎える最後の3日間は、疲れがピークに達していた。

「きつかったですね。カット割の表を見た時に100何カットもあって、もう鬼じゃんって思いました。すごく長く感じましたし、後半はもう、ずっと炭酸を飲んでしのいでいました。撮影が終わって、瀧本監督が差し入れてくれたクレープをほおばった時にはものすごく幸福を感じました」

とはいえ、オンとオフの切り替えはできていたという。合間にはスタッフとシャボン玉や水鉄砲で遊んでいたというから驚きだ。2008年のデビュー作「ガマの油」の撮影監督だった栗田豊通、衣装の宮本まさ江との再会も、大きな喜びだったようだ。

「私と緑川は違うというのを前提にやっていたので、あまり意識はしていませんでした。すごくエゴイストの役だから、他の人を見なくていいやというか、自分勝手に芝居をしていたんですね。そこで起きる化学反応が面白いというか…。でも、いい現場でした。本当に。演技をしているのが好きというより現場が好きだから映画を続けているので、(1度仕事をした人たちと)現場で会えるのはすごくうれしいんですよ」

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その成果については、「17歳でここまでできる人はいないっしょって思った」というほどの自信。だが、慢心は一切見受けられない。その後に続いた「でも、そんなの世界に行けば五万といますから」という言葉からも明らかだ。

2011年、「ヒミズ」でベネチア国際映画祭の新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を共演の染谷将太とともに受賞。周囲の状況は激変したが、本人のスタンスや意識は全くぶれることがなかったという。

「賞を取った途端、周りの人の態度から違いますからね。賞はうれしいし光栄だけれど、私は変わらないですね。映画の現場で感じたことの方が、重みがあると思うので。それが賞につながったとは思いますけれど、急に優しくなった人もいて、大人への不信感が一瞬強くなっていました」

淡々とした話しぶりだが、やはり戸惑いはあっただろう。それから1年4カ月余り、急増した取材などをこなし、「脳男」などさらに現場を重ねたことで人間としての成長を実感できたことが収穫だとも強調する。

「すべてを面白く受け止められるようになったところは、自分が成長していけているのかなって。取材ひとつにしても楽しく感じられるようになってきましたし、逆に余計なものを感じなくなった分、現場で思うことがもっと研ぎ澄まされていくんだろうなと。そうするとまたいろんな現場に行って、海外の監督とも仕事をしたいなと思うようになりますね」

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そう。視線の先にあるのは世界だ。だがそれは、映画の仕事をするということに限定はしていない。海外でのすべての経験が、大好きな日本映画の可能性を広げることにつながるという信念に基づいている。英語も勉強中で、昨年12月には米ニューヨークに短期留学をした。

「映画だけではなく、旅行でも異国の地を感じることが私にとって世界に行くことなんです。そうすることで日本の良さを知ることもできるし、もっと日本を知ろうという気にもなる。海外の作品に出たいというもの、そういうきっかけをつくることで日本映画がもっと盛り上がればいいなって思うんですよ。日本映画が好きなので、最近の商業的な事情や、見る人が少なくなっていることにすごく寂しさを感じるんです。これから日本映画を作っていく身としては、そこに危機を感じるからこそ、もっと世界に目を向けなければダメだと思うんですよね」

将来に向けた明確なビジョンがあるからだろう。言葉のひとつひとつが力強く、生半可ではない決意が伝わってくる。今、最も仕事をしたい監督が「駆ける少年」「CUT」などで知られるイランの名匠アミール・ナデリというのも、“らしい”と思えてしまう。

「女優としてもっと磨いて、あとは言葉の壁さえ乗り越えられればできると私は思っています。それに対して、どこまでストイックになれるかが今の課題」

決して絵空事ではない。映画が好きで自然に女優を志し、「とにかくいろんな現場に行きたい」という思いをひとつずつ現実へと手繰り寄せてきた少女は今、まばゆいばかりのオーラをまとっている。二階堂が「映画女優」として日本の、いや世界の映画界をけん引する日は、そう遠い未来ではないかもしれない。

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