HAZEのレビュー・感想・評価
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原始の、欲望
「鉄男」シリーズの監督として知られる鬼才、塚本晋也が自身の主演で描く、密室サスペンス映画。
目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。金属で覆われたその空間で閉じ込められた男は、腹部を刺されていた。目前に迫る命の終焉、無機質な恐怖、そして垣間見る、祈りを捧げ果てていく人間の姿。
このような設定を聞くと、まず観客の頭に思い描かれるのはお馴染みのシチュエーション・スリラー「SAW」だろう。だが、本作には犯人からの挑戦状も、ノコギリも、鍵も用意されていない。誰もいない隙間、何やら蠢く影、そして取りあえず刺されて痛い己の腹。それだけだ。
場面を噛み砕く説明台詞は極力省かれ、大写しになった男の狂い揺れる目、金属のこすれる「あの」音、そして鮮血を細かく重ねて提示し、観客の想像力を否応無しに刺激する。解決法も、男の過去も考える余裕は作られていない。とにかく、彼は死にそうなのだ、今にも。
極限の緊迫感と、絶望感が最期まで貫かれているために、観客は心身ともに衰弱していく。その先にあるのは、「原始的な欲望」。理屈も、言い訳も、抵抗も一切をかなぐり捨て、「痛い、うるさい、生きたい」この単純明解な感覚に支配されていく。常に何かの仕事に追われ、用事に追われ、理論的に毎日をやり過ごしている私達にとって、このすっきりした欲望と渇望はある意味、空っぽの心を楽しめる素朴な喜びがある。
途中にもう一人の人間が現れ、物語は動いていくが、それでも答えは見えない。救いは、与えられない。ただ、観賞後に観客の心に残るのは、動物として「必要不可欠」な感情だけだ。こんな空虚な開放感、きっと癖になる。
無駄に先を読み、頭ばかり疲労困憊に陥っている人こそ、この作品に触れてこんがらがった頭をすっきり、清潔にしてみてはいかがだろう。ただ、黒板を爪でひっかく遊びが大嫌いだった方には、ちょっと薦められない。
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