俺は藤吉郎

劇場公開日:

解説

「週刊サンケイ」連載の川口松太郎の原作を「悪太郎売出す」の八尋不二が脚色、「長崎の夜」の森一生が監督、「新・平家物語」の宮川一夫が撮影を担当した。主なる出演者は「新・平家物語」の林成年、「長崎の夜」の長谷川一夫、「赤城の血祭」の島崎雪子、「江戸一寸の虫」の瑳峨三智子、「我が名はペテン師」の角梨枝子など。

1955年製作/104分/日本
原題または英題:I Was Tokichiro
劇場公開日:1955年11月29日

ストーリー

尾張国中村在の百姓弥右衛門の伜日吉は勃々たる野心を胸に抱いていた。かねて日吉丸を慕う名主の娘雪野は親のすすめる縁談をきらい日吉丸の許に走ったが、二人の仲は悲しくも引き裂かれた。父の死後、家を飛び出した日吉丸は矢矧橋の上で野武士の首領蜂須賀小六と逢った。その陣屋へつれて行かれた日吉丸は野武士の手先となることをいさぎよしとせず、今川義元の部将松下嘉平次に仕え、元服して木下藤吉郎と名乗った。嘉平次の命で小田原の北条陣に潜入した藤吉郎は、敵兵に追われて遊女宿に逃げ込んだ。遊女市瀬は相似た生い立ちの藤吉郎をかくまったうえ、北条方の配陣図を餞けてやった。彼女も諜者なのだ。その折、隣室で酔いしれた武士が明朝今川勢に不意討ちをかけると口にしているのを耳にして、藤吉郎は自陣にその情報を報告したことはいうまでもない。翌未明、今川勢は北条方の裏を掻いて大勝をおさめたが、功名は大将のものとなって、藤吉郎には何の恩賞もなかった。今川陣を見捨てた藤吉郎は、清州に近い田舎道で図らずも織田信長の目にとまり、足軽に加えられた。まもなく藤吉郎は足軽頭藤井又右衛門の娘ねねに心を惹かれるが、家中でも評判の美女が足軽風情を相手にしてくれる筈はなかった。その頃、清州城は山口九郎二郎の宰領で修理にかかっていたが一向にはかどらず、風雲急な折とて信長は心を痛めるのだった。藤吉郎は進んで大役を引き受けて僅か三日間で完成した。山口九郎二郎が敵の間諜と見破ったのも藤吉郎であった。かくて、首尾よくねねを射とめた藤吉郎は出世街道を突進するのだった。

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