おばあちゃんの家のレビュー・感想・評価
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郷愁
韓国では強い創作動機がキャリアをこえて映画を高品質にすることがある。たとえば子猫をお願いやおばあちゃんの家やはちどり。女性で寡作で初監督で、もう撮らないかもしれないが記憶に残っている。
日本では「映画監督になりたい」が動機なのでパッションが承認欲へ変わる。一方、韓国では「作品をつくりたい」が動機なのでパッションがクオリティに変わる。という感じ。
この映画を見ると監督の心中にずっとおばあちゃんの家がありそれを描きたかったことがよくわかる。
それは「キャラクター」なんていう生やさしいものじゃなく、たとえおばあちゃんがいない人でもわかる、万人の郷愁の中にいるおばあちゃんだったと思う。
近現代だが都鄙の文明格差がはげしい。
おばあちゃんは電気も水道もガスもない今にも崩れ落ちそうな苫屋に住んでいる。唖者。深い皺がきざまれたあばた面に困った表情。曲がった腰と白髪、陽に灼けて痩せた小さな身体、汚れほつれた前世紀の着衣。無欲で質素で文字通り虫も殺さず、仏のごとく温柔。ふしぶし痛むのに杖をついて僅かな産物を町で売っている。
都会育ちの孫は、おばあちゃんにひどいことばかりする。
縫った靴捨てられ、瓶割られ、かんざし盗られ、夜中に起こされて厠の供連れにされ、KFCが食べたいと言われてさんざん苦労して水煮をつくったのにそっぽむかれ、そりゃもうわがまま放題な目に遭い、そのたび悲しそうに胸に手をあてる。それが「ごめんな、ばあちゃんが悪いんだよ、ごめんな」と言ってるように見えるのだ。
ラストは「すべてのおばあさんにこの映画を捧げる」。
気持ちのこもった映画だった。
外国語のウィキにおばあちゃんを演じた女優について「批評家は78歳でこれまで演技をしたことがないばかりか、映画すら見たことがないという未熟なキムウルブンの演技を賞賛した」とあった。が、あれは演技というより素人の素(す)を引き出した結果だった。
おなじく素人の素を引き出したチャンイーモウのあの子をさがしてを思わせた。
公開時よりも後年に見たのだが監督の他の仕事を探した。子猫をお願いやはちどりを見たときのように。
ある映画に感動しても同監督の他作品に同じような感動があるわけではない──ことは知っている。たとえばソフィアコッポラにロストイン~と同格の映画はなかった。当たり前だとは思う。
が、映画ファンは感動や衝撃をうけると、同じ(ような)映画を探す──という行為をする。
探したとき、韓国の女性監督はその映画以外の仕事が(ほとんど)ない──ことがある。だがその1作のクオリティが高い。子猫をお願いもはちどりもおばあちゃんの家もそうだ。ゆえに監督になりたいという動機よりも作品をつくりたいという動機が強く感じられ、監督の心中にあったおばあちゃんの家が普遍性をたずさえ、みんなの郷愁の中にいるおばあちゃんになったのだ。と思う。
ほっこり100%
サンウのわがまま具合は、かなりなものなのだけど、かわいいのよ。
そして、おばあちゃん!
演じたキム・ウルブンさんは、ロケ地となった韓国中部の忠清北道・永同の村に暮らしていた実際の住人で、演技未経験だそうでなのですが、すごい!!
話すことも読み書きもできないのに、
孫への愛情が画面から溢れ出していた。
牧歌的な田舎の風景も、全てに心が癒された。
自分が孫だった頃を思い出す
いくら親とは言え、お金も渡さず下着と薬だけでいきなり孫を2ヶ月預かってくれと言う母親もなんだかなぁ…主人公のソンウがわがまま放題なのも親の躾のせいかなと思われる。
だがおばあちゃんは孫であるソンウを叱らない、わがままやいやがらせをしても叱らない。孫のわがままを叶えられないと申し訳なさそうにするだけである。そこには無償の愛情がある。
通常、親は子供に対して勉強して大学に入って欲しい、お金の稼げる良い仕事について欲しい、将来親の介護をして欲しい…などいろいろと勝手に期待をかけるしきたい通りに行かないと失望したり子供を叱ったりする。いまどきは祖父母でさえそうかもしれない。
しかし、この物語のおばあちゃんはただただ無償の愛情を注ぐだけだ。
映画を観てソンウのわがままに苛立ちながらも、自分が孫だった頃、祖父母のかけてくれる愛情に対して感謝しただろうか、もっと我が儘を言ってなかったか、祖父母の体調をきにかけただろうか、とふと思う。
大きな起伏のある話ではないが、誰もが孫だった頃を思い起こさせてくれる普遍性のある物語と思う。
このおばあちゃん役が演技経験のない素人の方と言うから驚きである。すでに他界されているそうでご冥福をお祈りしたい。
【ソウル育ちの我儘小僧と、田舎で暮らす口が効けない文盲のお婆さんとの一夏の交流を描く。田舎の郷愁を覚える風景や田舎の人達の優しさも良い。シンプルながら、心に残る作品である。】
ー 孫と祖父母が仲が良いのは、何故だろう。ー
◆感想
・序盤は、娘から一夏祖母に預けられたサンウの我儘放題な態度に、”韓国は儒教の国だろう。もっとお婆さんに優しくしろ!”等と思いながら鑑賞。
・お婆さんは腰が曲がって口が効けないが、何故か村や町の人達から愛されている。人柄なんだろうな・・。
・サンウは、徐々にそんなお婆さんが自分に対し、無償の愛注いでいる事を感じ取っていったのではないかな。
村の少年少女の優しさも・・。
<愈々、明日サンウがソウルに戻る日の晩、サンウはお婆さんに簡単な文字を教えてあげる。
そして、涙を流す。お婆さんも。
別れの日にサンウがバスに乗る際にお婆さんに渡した彼が大切にしていたロボットの絵が書かれた紙。
そして、その裏に書かれていた言葉”会いたいよ”
その後、お婆さんから届く葉書にも”会いたいよ”と書かれている。
今作は派手さはないが、良き作品であると思う。>
自分のおばあちゃんに会いたくなった いつかあっちの世界でまた会える...
自分のおばあちゃんに会いたくなった
いつかあっちの世界でまた会える日まで
元気でいて欲しい
じんわりした時間の流れ
前に通っていた美容院の、忖度しなさそうな職人系の美容師さんは、映画好きで、話しのきっかけで、どんな映画好きなんですか?と問うたときに、「おばあちゃんの家、だったかな、たしか韓国の」と言っていたので、きっといい映画だろうなと思っていて、上映みつけたとき、すぐ観に行こうと思ってみたら、その通り、素晴らしい映画でした。
ソウルで暮らしてきた母と男の子。母親の事情で山奥に一人で暮らす祖母の家に預けられることに。子供は残虐なほどの無邪気さで、汚い、バカとか平気で口にするが、祖母の実直な優しさに次第に、こころが溶けていく。
この様子がじんわりした時間の流れとともに描かれている。祖母役であったり、ロケ地であったりが、実際暮らしてきた中で準備されたリアルさがあって、また、カットも俯瞰であったり、影絵であったり、広角、寄りであったりセンスを感じるし、さらにカットごとの間があって、ほどよい時間の感覚がしました。
社会的にみれば、実際、こうした過疎地で暮らす親と、都会で暮らす子供のって現代でも普通にあるし。都会の子供は、年老いて体も不自由な親がひとり田舎に暮らしていても、都会で一緒に暮らそうと言ったところで、住み慣れた家を離れることは親も嫌がることが多い。心寄り添って生きることの大切さもこの映画で観た思いがした。
田舎の原風景とその風景に溶け込んだおばあちゃんの存在がすべての映画。
長年見そびれていた作品がリバイバル上映と聞いて見てきた。表題に書いた通り、田舎の原風景とおばあちゃんの存在感がなんとも素晴らしい。ロケ地の田舎と実際にそこに暮らしていたおばあちゃんを起用しただけで本作は大成功の満点と言える作品。
あのおばあちゃんにかなう役者さんはどこを探しても見つからないだろう。まさに役者殺しといったところか。昔は動物と子供にはどんな名優もかなわないなんて言葉があったけど、これにおばあちゃんも付け加えたい。
田舎の風景も素晴らしく、明らかに狙って撮ったであろう、おばあちゃんが縁側に座って山の景色を眺めてるところなどはもはや名画の域だ。額に入れたいくらい。
では何故満点と言いながら星五つでないかというと、ここからが原点要因。本作は田舎のおばあちゃんと都会で生まれ育った孫とのひと夏の交流を描いた作品。おばあちゃんは演技経験のない素人だが、孫は子役を使っている。もちろんこの子役は芝居が上手だ。
しかし、その芝居のうまさが逆にあだとなった。というよりも監督が演技をさせすぎたきらいがある。孫の心理描写をする際にやたらとアップで撮り、表情をつけさせる。
はじめに違和感を感じたのは孫がおばあちゃんのかんざしを盗むシーンで、いかにも悪だくみを思いついたといわんばかりの表情を子役にさせる。
それまでの作品のトーンと明らかに違う演出にかなりの違和感を覚えた。この演出はこの後、何度も行われる。坂道をキャリーで下ろうとするところとか。
正直、本作はドキュメンタリーか、あるいはドキュメンタリータッチの作品にして子役にも自然な演技をさせて過剰な演出は控えるべきだったと思う。その点では音楽も過剰だった。
むしろBGMは極力排して田舎特有の音を活用してほしかった。鳥のさえずりや虫の音など。
そういった無駄とも思える演出が本作ではかなりのノイズとなり、作品の価値を下げてしまったように思える。ラストに向けて無理矢理感動させようとしてるところも含めて。
などなど、幼少期に祖母とのふれあいがなかった人間としてはかなりうがった見方となってしまった。おばあちゃんっこの人には涙腺刺激する作品なんだろうとは思うけど。
クッソ生意気です
田舎のおばあちゃんとの心の触れ合いを描いた作品。
舞台の田舎具合が半端なく、とりわけおばあちゃんの暮らしがすごいクラシック。
それとソウルから来たガキ(のちのイケメン俳優ユスンホ)がクッソ生意気で、その我儘ぶりに終始イライラさせられます。
こいつがまたおばあちゃんだけでなく、村全部バカにしてる感じが嫌。
これが本当ストレスで、鑑賞を3回中断して4回目にしてやっと終える事ができました。
そんな中でも夕立のエピソードは微笑ましかった。散髪は…まぁそうなるよね。
それと暴れ牛ってそんな普通にいるものなんです?
帰省する頃になってやっとおばあちゃんの、村の人々の優しさに気付き変わり始めるガキ。
最後の方、おばあちゃんの手紙はいっぱい出るけど、そこから先が無いのは少し寂しかった。
おばあちゃんの暖かさを感じる中、田舎に対する隔たりを痛烈に感じてしまう、少し苦味のある作品でした。
言葉を話せなくても気持ちは伝わる。
わがままな孫と話せないおばあちゃんのお話。
山あいの田舎におばあちゃんの家がある。
話せないおばあちゃんは身振り手振りで孫と会話する。余計なことは言わない。わがままを言っても怒らない。
ゲームの電池が切れて電池を買うのを諦めていたがゲーム幾と一緒にお金が入っていた。
何故か涙が溢れた。おばあちゃんの優しさが伝わる。
言葉じゃない。心に……響いた
ずるい映画です。特におばあちゃんや故郷に対する思い出がある人にとっては
私的な思い出。母方の里に行った時には、必ずと言っていいくらいおばあちゃんにお小遣いをもらっていました。そして、いつも決まって本屋に行き、「冒険王」か「少年画報」を買っていた。あるとき、「冒険王」を買おうと思って本屋に行った時、手に取ったのは運悪く増刊号であったため手持ちの金が10円足りなかった。その時、近所のお兄ちゃんがたまたま居合わせて10円くれた、その感激が今でも忘れられない。
いつしか大人になった私は、映画の中のサンウに「ちゃんとごめんなさいと言うんだよ」と諭すような気持ちで映画に没頭してしまっていた。少年時代の自分にオーバーラップさせられ、近所のお兄ちゃんと仲良くしなきゃだめだよ!と応援する私がいた。
全くの素人を役者として起用して大成功!子役が全ていいし、チョリの飼っている犬の演技も光っていました。
見所は、雨が降り洗濯物を取り込み、再び干すシーン。記憶力クイズをやらされました・・・
くそワガママな孫
何にもない田舎にきてふて腐れまくる孫。
それを何も言わずに面倒見る祖母。
何とも切ないのだが、孫も祖母と一緒にいる事で徐々に変わってくる。
ある日バアちゃんが倒れたら…(泣)
祖母に想い出のある方なら自身の祖母を思い返す機会になるかも?
自分の昔はくそワガママな孫だったので、バアちゃんが好きで仕方なかったあの頃を思い出して泣けた。
おばあちゃん。
最高!この映画大好き。
おばあちゃん役を演じた方は、女優さんではなく完全な素人さんだったという事に、一番驚きました。
にしても、本当に良い映画。
孫が何より大事にしていたカードを、おばあちゃんに手渡すシーンは、もう涙涙(;∪;)涙涙。
おばあちゃん大好きっ子には、かなりオススメの映画です。
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