博奕打ち 流れ者

劇場公開日:

解説

「極道釜ケ崎に帰る」の鳥居元宏と「関東テキヤ一家 喧嘩仁義」の志村正浩が脚本を共同執筆、「極道釜ケ崎に帰る」の山下耕作がこのシリーズ第二作「博奕打ち 総長賭博」以来久々に監督したシリーズ第八作。撮影は「ごろつき部隊」の鈴木重平が担当。

1970年製作/100分/日本
配給:東映
劇場公開日:1970年4月18日

ストーリー

明治の中期、九州小倉。博徒舟木栄次郎は渡世の義理から、篠崎一家の親分、弥平を刺した。それは熊谷剛平、清水新五、山形市造、石田仁助ら五人の旅人の仕事だった。だが、熊谷は途中で逃亡し、深傷を負った仁助は昔の女きくに渡すよう五百円の金を栄次郎に託し、死んでいった。栄次郎は、まもなく、すでにきくが死亡していること、娘のとみが東京へ移って行方不明であることをつきとめると、自分も深川の木場政一家へ草鞋をぬいだ。折しも、深川では辺り一帯を仕切る岩佐一家が賭場の客引きをめぐって事あるごとに、木場政と対立、その背後から金万一家の二代目にのし上った熊谷が争いの糸を引いていた。熊谷は小倉の殴り込みの際、逃亡した渡世上の恥をその時助けて連れ帰った客分の市造にかぶせて、自ら箔を売り、関東博徒会の大御所菊地駒之助から親子の盃を受けようと画策していた。栄次郎はとみの消息を訪ね歩くうち酒にすさんだ市造の姿を見つけ悲痛な思いにひたるが、遭遇した市造の妹、深川芸者の小秀に何か暖かいもの感じた。熊谷と菊地との仮盃には木場政が取持人をつとめることになるが、栄次郎は恩人木場政の顔に泥をぬるのを忍び難く、熊谷に辞退をせまるが拒否された。やがて、とみが材木商総州屋に嫁ぎ、亭主の賭博狂いに苦労していること、総州屋は岩佐のイカサマのため無理矢理、借金の証文を書かされていることを知った栄次郎は岩佐とサシの勝負をつけるが、岩佐の代人は小倉で、栄次郎の弟分にと哀願した新吉であった。勝運に乗った栄次郎は証文を取り返し仁助の遺髪を添えて、とみに手渡してやる。一方勝負に破れた新吉は熊谷から栄次郎殺しを命じられるが、反対した市造が、熊谷に怒りの刃を向けたため、新吉は市造を刺殺、自分も栄次郎と対決しようとして熊谷の輩下に射殺のうき目に会った。その頃、木場政には、客人吉井勇作が草鞋をぬいでいたが栄次郎と新吉のやりとりを目撃して栄次郎の男意気に感じ入った。栄次郎の言葉から木場政は熊谷の実体を知り、詰問するが、血迷った熊谷のために命を落とした。遂に堪忍袋の緒をきった栄次郎はいつしか現われ、肩を並べた勇作とともに金万一家に歩を進めた。そして凄絶な死闘の末熊谷と岩佐は栄次郎の刃に倒れた。

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